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千人伝

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様々な人の評伝「千人伝」シリーズのまとめマガジン
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#連載

千人伝(七十六人目~八十人目)

七十六人目 歯車 歯車は視界の端でキシキシと音を立てている。 他の人には見えないが歯車も人である。 歳とともにガタが来てあちこち動きが悪くなるし、一部壊れて二度と戻らない箇所もある。 人であるから油を塗ったところで意味はない。 だから泥ばかり塗りたくり、より一層視界の端でガタガタと言い始める。 七十七人目 ピントウ ピントウは早朝や真夜中に人の家のインターフォンを鳴らして回る迷惑な人である。住民は寝ていたり、強く警戒をしたりで、既に逃げ出してしまったピントウの背中を見る

千人伝(七十一人目~七十五人目)

七十一人目 星子 星子は流れ星と流れ星がぶつかった瞬間に交接して生まれた子である。 空から落ちた星子は落ちる星の生物に似せて体を作った。 血液の代わりに極小の星々が体を巡っている。怪我をすればきらきらと星がこぼれて瞬く。眼球の大半はキラキラしているからその前に立つと眩しくて眼を閉じてしまう。 星子は地上を走る流れ星に出会うことはなかったので生涯独身を通した。 流れ星同士の衝突は星子の生まれた時以降一度も起こらなかった。 七十二人目 墨汁肩 肩の窪みをグレノイドと呼ぶ。グ

千人伝(六十一人目~六十五人目)

六十一人目 彼我差 ひがさは日傘から生まれた。 夏が近づき日差しが強くなると誰も彼もが日傘を差し始める。 一昔前と違い、日傘なしでは人は紫外線に殺されてしまうからだ。 誰も彼もがマスクをつけ、日傘を差す。彼我の差が縮まる。誰が誰だか分からなくなる。彼が我で我が彼でも構わないようになる。 そんな人混みの中に彼我差は紛れ込んで蠢いている。 百人の人混みがよく数えたら百一人になっている時がある。 彼我差は生まれて、またすぐに消えていく。 六十二人目 手蝶 てちょう、と読む。

千人伝(五十六人目~六十人目)

五十六人目 落下 おとした、と読む。何かを落としたような気がするが地面や床を見れば何も落ちていない、ということが稀にある。あれは下に落ちる寸前に落下により拾われてしまっているのである。鍵や指輪や小銭や若き日の夢や、大事なものもつまらないものも分け隔てなく落下は拾い上げる。持ち主の元に返したことはない。 五十七人目 ナメクジミミズ 雨上がりに大量に発生するナメクジの上に塩を振りかけて放置しておくと、跡だけ残してナメクジは消えてしまう。そこに死んだナメクジを慕い寄り添うよう

千人伝(五十一人目~五十五人目)

五十一人目 丸坂 丸坂は転がっている。丸坂の身体は丸いので転がりながら移動する。下り坂に至れば転がり落ちる。坂が続けば止まれず、勢い余って人や車や獣を蹴散らしてしまう。 上り坂に至れば手足を伸ばして地面を掴む。だがどう足掻いても僅かしか進めず、途中で転がり落ちてしまう。 だから丸坂は生まれて以来どんどん下り続けてしまっている。最終的には穴に落ちていくだろう、と丸坂研究者たちは口を揃えて言う。地の底深くに落ち続けていくだろう、と。 五十二人目 黒木 黒木は山火事の跡に残

千人伝(四十六人目~五十人目)

四十六人目 図景 ずけい、は様々な図形のみで形作られた景色の中に住む。そのような景色の中に普通生物は住み着くことが出来ず、虫もプランクトンも霊もいない。四角と三角と六角形と平行四辺形と三十六角形と……。 図景はそれぞれの角から僅かにこぼれ落ちた角屑を糧にして命を繋いでいる。崩壊寸前の建物の中に偶然生まれるそうした景色の中で生まれ、育つというほど大きくなれないまま図景は息絶えた。時間にして二十秒ほどの命であったが、こうして書き留めておく。 四十七人目 灰衣奈 はいえなと