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千人伝

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様々な人の評伝「千人伝」シリーズのまとめマガジン
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2022年8月の記事一覧

【ピリカ文庫】「夕グレ」(2004字)

 夕グレはゆうぐれ、と読む。たぐれ、ではない。  夕方になるとグレるのでそう呼ばれるようになった。朝も昼も夜も優等生であるのに、夕方になるとグレた。非行に走った。素行不良となった。具体的な例をあげると、塾へ向かわず飛行場に向かって走っていったり、壊れて走行不能になった三輪車に無理やり乗ったりした。  夕方以外の夕グレは人に優しく、ドブネズミのように美しく、栄光に向かって走る列車のような少年であった。夕方を過ぎて晩飯時になると元に戻ったので、両親はあまり心配することなく、そ

千人伝(百二十六人目~百三十人目)

百二十六人目 巣本 すっぽんと読む。カラスの巣と野鼠の巣との間にあった持ち主のいない巣に、かつての読書家が蔵書の全てを詰め込み、本の巣とした。溢れかえり拡張する本の巣を見て、もはや本を必要としない人々、本のことを忘れてしまいたい人々、自分の書いた本を人に見せたい人々が集まり、本の巣はカラスの巣も野鼠の巣も、その土地に住んでいた人々も飲み込んでしまう規模になってしまった。 自然発火か放火かは分からないが、本の巣は焼き払われた。焼け跡で発見された子どもが巣本である。亀のような

千人伝(百二十一人目~百二十五人目)

百二十一人目 手盗栗鼠 てとりす、と読む。手盗栗鼠は飼い慣らした栗鼠を使い、公園に遊びに来た人の腕を噛ませた。痛みに悲鳴をあげつつも愛らしい栗鼠を愛でようとする被害者に、偶然通りかかった栗鼠に詳しい人物の振りをして「栗鼠は可愛く見えて、人間には非常に有害な雑菌を持っていることもありますので」と言葉巧みに近付いた。恐れる被害者に注射を刺して眠らせ、金目の物を盗んだり、腕そのものを切り取ったりもした。 眠りから覚めた被害者は、栗鼠と手盗栗鼠の姿が消え、自分の腕も消失してしまっ

千人伝(百十六人目~百二十人目)

百十六人目 老裸 ローラ、は裸の老人が大勢住む町で生まれた。男も女も老人になると皆裸になりたがるのだった。暑い日に痩せた夫と豊満な妻の老夫婦が互いに上半身裸で手を繋いで歩く横を、全裸で腰の曲がった老人たちが陽の光を全身で吸収しようと、集団で進んでいく。若い頃の老裸には老人が裸になりたがる気持ちが理解出来なかった。 当時仲の良かった異性が「若い人は逆に頑なに脱がなさすぎるよ」と言った。だから君も脱いでよ、という意味の口説き文句だと気づくのが遅かったので、一つの恋は始まる前に終

千人伝(百十一人目~百十五人目)

百十一人目 耳有 みみあり、には耳が有りすぎた。耳の上に耳があり、耳の下にも耳があった。手のひらにも耳があり、脇の下と太ももの内側と、両足の小指の横にも耳が生えていた。耳はそれぞれ音を拾って耳有に届けた。あらゆる声、足音、自らの体内を巡る血液の音、聞きたくはなかったあれやこれや。 耳有は耳を無くした人の話を蒐集した。お経を耳に書き忘れたために化け物に耳を食べられる話だけでなく、朝起きたら耳が独り立ちして去っていった話、夜中に人々の耳だけが集まり、猫の集会に聞き耳を立ててい

千人伝(百六人目〜百十人目)

百六人目 空洞 空洞の身体と心には穴が空いていた。物理的な穴であり、風が吹き抜けた。鳥も通り抜けた。小さな子どもの頭なら入るくらいの穴が、腹に三つ空いていた。窮屈になった内蔵は身体の中で手足にまではみ出していた。 服を着れば隠せるので、空洞のお腹に穴が空いていることを、知らないまま空洞と過ごす人もいた。初めて空洞の裸を見た時に驚く者と、「やっぱりそうだったの」と納得する者とに分かれた。 無理矢理な身体の造りに耐えきれず、空洞は二十代半ばで亡くなった。穴の中で暮らし始めてい