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【短編小説】魔法の鏡は、関西弁。

「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」
「んなもん、『貴女様です』って答えてもらいたいだけやろ。期待した答えなんて、貰えると思いなさんな」
「……ほんと、ムカつく鏡ね…」
 白雪姫の話を知っている人は多いだろう。魔女は、魔法の鏡に向かって、美しい人を尋ねる。鏡は最初、「それは貴女様です」と言っていたが、ある日、「それは白雪姫」と言う。嫉妬した魔女は白雪姫に毒リンゴを食べさせ……、とまあこんな感じ。
 あの話に出てくる鏡が、なぜか実在していてしかもなぜか私の家にある。確かアニメでは男性の声だったけど、これはおばさんみたいな声で喋る。最大のミステリーは、その鏡が関西弁を話していることだ。しかも恐らくはエセ関西弁。白雪姫がどこの物語かは詳しくは知らないが、恐らくは西洋であろうことは想像がつく。
「あのさ、ずっと思ってるんだけど、なんで関西弁なの?」
「それ前も聞かれたわ。もう忘れたん?」
「聞いたこと自体、忘れた」
「郷にいれば郷に従えってやつよ。この国に輸入されてきてから、ずっと日本語や」
「なら、なんで標準語じゃないの」
「あんたのばあちゃんに買われる前は、大阪の商店にいたからね」
 そうやって鏡はフフーンと、胸を張った(ような気がする)。大阪の商店はこんな奇抜な鏡とどうやって付き合っていたのだろうか。そこには歴史があるのだろうが、まあ深く詮索する気はない。私はとりあえず大きく深呼吸をして鏡を見つめた。
 すっぴんの私は、本当に自分で嫌になる。目元は厚い一重で、唇は少しカサついていて、肌には活力がない。これでも20代の前半なのに。歳を重ねていくというのは、自分のことをどんどん嫌いになることなのだろうか。
「あんた、まーた、悩んどるんやろ。辛気臭い顔で覗かれたら、私の方が嫌になるわ」
「…本当にうるさい。ミュート機能ないの?」
「そんなハイテクな機能あらへん」
 と、鏡との一悶着。これもよくあることだ。自分でも馬鹿なことだと思うけど、こんなヘンテコ問答をしているうちに、少しだけ気持ちが前向きになる。
 私は、パンと両頬を叩いて気合いをいれた。素顔の自分のことを愛せなくても、メイクがあれば、少しは好きな自分に近づくことができる。メイクは、しゃべる鏡よりよっぽど魔法なのだ。
 まずはベース。愛用のクリームは、日焼け止めとスキンケアも兼ねてる。丁寧に顔に塗り広げていく。この下地が、私はメイクの工程で一番好きだ。最も基本だけど、それゆえにこれから変身シーンが始まるという高揚感がある。
「あーあ、塗りすぎやない?もう少し薄塗りでええで。まだ下地なんやから」
 鏡がなんやかんやと言っているが無視。手で伸ばした後は、スポンジでポンポンと叩く。
 続いてファンデーション。色選びが結構重要だ。自分の地肌との相性もある。
「お、色変えたん? 結構、ええやん」
「色を変えた訳じゃないけど、ちょっと高いやつをね。こないだYouTuberがおすすめしてたやつ」
「はー、YouTubeってやっぱすごいんやなぁ。私も魔法の鏡とか呼ばれとるけど、YouTubeの方が魔法やで」
 童話の昔にはYouTubeなどあるはずもない。その時代から比べれば、確かに今のハイテクな物は魔法なのかもしれない。しかしそれらは、可愛い女優やインフルエンサーを映してはくれても、自分の姿は鏡ではないと写してはくれない。私は、やっぱりあなたのほうが魔法だと思う。直接は言ってあげないけど。
 これからパウダーを使って、さらに下地を強化する。パフを使って、トントンとパウダーを肌に馴染ませていく。まずは鼻周り。
「あんたそんな強く叩いたらあかんよ。粉も飛んでまうし、こうもっと優しくやな」
「うっさいな、これでもだいぶん抑えめなの」
 このパフで、顔をパンパン叩くのが結構好きで、鏡の言う通り少し強めにやってしまう癖がある。毎回、鏡からは同じ指摘があるが、このくらいは好きにさせて欲しい。
 続いてアイシャドウ。これは私、どうしても苦手だ。でもこれによって目元の印象が変わるのも確か。
「あんたそれ、色濃すぎひん?もう少し薄めでいいと思うで」
「えー、でもみんなこんな感じやない?」
「うーん、最近はラメとか入っとるからなぁ。基本薄めの色を使って、後でラメのせる感じでええんやない?」
「ここ、本当に苦手…」
「ほな、せんでええやん」
「しない訳にはいかないよ」
 鏡とあーだこーだ言いながら、私はとりあえず無難にアイシャドウを終えた。素人メイクながら、やはり目元の印象は変わってくる。目元にハリがあり、実際の大きさは変わっていないはずなのに、目が大きく見える。
「おー、ええやない。今日はいつもより上手やん」
「ふふ」
 鏡が珍しく褒めてくれる。口が悪いムカつく鏡だけど、嘘はつかない。だからこそ、「一番美しいのは白雪姫」などと言って魔女の怒りをかったりしたのだろう。
 ビューラーでまつ毛をくるんとカーブ。まつ毛と同時に心まで上向きに。
 そしてマスカラ。
「あーあ、下手くそ。目に入ったらどないすんの?」
「もー、大丈夫だって。これ慣れたら意外と簡単なんだから」
「あー、喋らん方がええって。集中しぃ」
 自分から話しかけてきたくせに、喋るなとは実に勝手気ままなものだ。それでも心配してくれているのは嬉しい。毎日、なんやかんや言ってくるが、それは私をしっかり見てくれている証拠でもある。
 最後にリップ。
「なんか最近の口紅は色が薄いよなぁ」
「口紅とか言わないの。リップ」
「口に紅色つけとるんやから、口紅でええやないの。あ、もっと全体にしっかりつけえや」
「これでいいんだって」
 いちいち注文をつけてくる鏡を適度にいなす。私は一旦、目を瞑り、そしてゆっくりと開ける。そこにはメイクによって、幾分華やかになった私がいた。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのは誰?」
 私が問うと、鏡は少し照れくさそうに言った。
「それはあんたや」

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