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動物から考える日本の暴力構造②【後半】 日本のアニマルウェルフェア各論2——殺しと向き合えない日本人 【ゲスト:アニマルライツセンター】

*前半の続きです。



肉牛のウェルフェア——霜降り肉のもたらす病


——(司会:深沢)今乳牛の話は出てきましたが、肉牛はアニマルウェルフェア的にはどういった問題があるんでしょうか?

岡田 肉牛についても、20%以下ですけど繋ぎ飼いがまだ残っていて、酪農と同じ問題を抱えています。あと、あまり実態としてわかっていないんですが、繁殖用の母牛が繋がれているケースがあるのではないかと思っています。繁殖用の母牛は、乳牛のように毎日お乳しぼってケアしなきゃいけないのではなく、種付けをして繁殖させたらそのまま放っておけばいいため、かなり酷い扱いをうけているケースがありました。

 ただ、これがすごく難しいのですが、牛の場合は農家によって全然違うんです。ある農家ではひどい扱いをしていることもあるけれども、逆に、繁殖母牛は長くつきあうので愛着がわいてきて丁寧に扱っている農家もあります。なので、その落差が広いということは前提として言っておかなくてはならないんですが、そういう問題があります。

 あとは、霜降りを入れるために、ビタミンAの摂取制限をするということがずっと行われてきています。哺乳類がビタミンAをとれなければ、足を跛行(はこう)=うまく歩けなくなってしまったり、失明につながることがわかっています。



殺すことに向き合えない日本人——水すら飲ませてくれないの?


——これまで聞いてきたのは、茹で殺される鶏以外、飼育の過程のウェルフェアですね。飼育の過程のウェルフェアだと、まだその必要性が理解されやすいかと思うのですが、屠殺の話だと特に日本では抵抗感が強く、議論することすら難しい状況があったりするのでしょうか?

岡田 昔ほどではないですが、やはり日本の人は殺すということを議論するのが苦手な国民ですよね。農場内で、「どうやって淘汰(殺処分)してるんですか?」と畜産業の方に聞いてもごまかされたり、「いや、従業員にはやらせられないんだよね」と言われたりすることが結構多いです。屠畜場のアニマルウェルフェアが進んでこなかったことの大きな理由には、「議論しない」という問題があると思います。

——実際には、家畜を出荷するときの輸送だったり、屠畜の段階ではどのような問題が今ありますか?

岡田 輸送に関しては、日本ではだいたいの養豚場・養鶏場が比較的近距離で輸送している方だと思うんですけれど、それでも採卵鶏の廃鶏は長距離輸送されることがわかっています。これは廃鶏を処理する食鳥処理場が少ないからというのと、小規模な養鶏場があると、1個の農家で集荷して、また次の農家で集荷して・・・とぐるぐる回ってから食鳥処理場に連れて行くので長距離になることがあります。

 また、廃鶏になる鶏たちが、食鳥処理場で一日から最大三日間放置されているという、「長時間放置」あるいは「夜間放置」の問題があって、この場合、鶏たちはバタリーケージよりももっと身動きができないケージのなかで、上から仲間の卵や糞が降ってくる不衛生な状況で最期の一日を過ごすことになってしまっています。これは2018年に農林水産省と厚労省から改善通知がだされていますけれども、まだ改善されていない課題です。

 あとは、屠畜場を選んでいるケース——たとえば、品川で屠畜したいと考える肉牛・豚の農家が多いのですが、その場合かなり遠くから輸送されます。輸送されるときには、だいたい高速道路を走ってくるので、そこで牛や豚は立ったまま、ゆらゆら揺れてくるのできつい状況にあると思います。

 もう一つ、とくに牛の場合は、子牛のときに北海道に預けてしまうケースや、北海道から沖縄にいくといったやり取りが結構行われているんです。それだとトラックだけでなく、船での輸送にもなるので、長い時間コンテナの中でずっと過ごしているということになり、下は(排泄物などで)ぐちゃぐちゃになるということがわかっています。

——輸送されてきた先の屠畜場ではどうでしょうか?

岡田 わたしたちが特に問題視しているのは、屠畜場に飲水設備がないということですね。水が飲めない。これは基本中の基本なので改善してほしいのですが、長距離輸送されてきたり、真夏の35度を超える暑い日に輸送されてきたのに、着いたらそこに水がないという状況が・・・萌ちゃん何%だったかな?

鈴木 (飲水設備がない屠畜場は)牛が38%で、豚が72%ですね。


栗田
 なんでしょうね。そこにはすごく残酷な思考が働いているのかな。「もう殺しちゃうんだから苦しくてもいいだろう」とか。

岡田 日本の人ってネグレクトに鈍感な傾向にあるんですよね。これは犬もそうなんですが、外につなぎっぱなしにしていたり、ほとんど散歩に行かないといったことにも鈍感だと思うし、家畜が「水を飲めない」ということもネグレクトの一つだと思うんですけれど、そこの苦しみにすごく鈍感ですよね。

生田 自分が直接殴ったり蹴ったりしないからまだマシ、という感じなんでしょうか。想像力がないということですね。

岡田 「命を奪う」ことと「殴る・蹴る」ことに関しては、日本人はすごくセンシティブだと思います。でもそれ以外の虐待がずっと続くんですよね。自分の手でやらなければいいとか、自分の見てないところで起これば良いとか、そういった思考がはたらきやすいです。

 農場内では、動物たちを殺さなくてはならないシーンというのが出てくるんですが、特に鶏の場合は殺すことが唯一の治療になるので、苦しんでいたらその苦しみを長引かせないためにできるだけ安楽な方法で殺さなくてはいけないんですけど、自分の手でやりたくないので餓死させるとか、放置するといったことがあります。ひどかったのは、焼却炉に投げ込んじゃう——要するに、焼却炉に投げ込んだら全く見えなくなるので気にならなくなるんですね。

栗田 そんな、ゴミを隠したからゴミがなくなるみたいな発想・・・。見えないだけじゃん。

岡田 とにかく日本人は畜産が向いてないんですよ。だって畜産というものは、絶対殺すんですから。向いてないんだったらやめたほうがいいですね。

栗田 殺すことに向き合えないということですね。

岡田 欧米がこれだけ畜産大国になっているのは、その部分はそんなにセンシティブじゃないというのが大きいんです。犬や猫であったとしても、苦しんでいると思ったら、「もう安楽死をさせた方がいい」という判断をドライにするのが向こうの文化で、だから畜産ができるわけですけど、日本はそういう感覚じゃないですから、これをいいことだと捉えて離れていってほしいなと思いますね。

生田 日本はもともとほとんど畜産を経験していないですし、近代になってから突然産業として純粋に導入しちゃいましたからね。

岡田 そうなんですよ。昔は鶏も、卵用には使っていたかもしれないけれど、自分が飼育してれば殺してないです。



屠畜と差別問題——他人事とする心理


栗田
 しかも日本の場合、屠畜に差別問題が関わっていて、そういう仕事を、部落差別とか差別構造の中でいわゆる「下」とされている人にやらせる発想もあるから、余計に、「普通」とされている人は殺してる事実を見ないようにする、というやり方をずっと歩んできてしまったという気はしますね。自分が見るのではなくて、誰かにやらせたり、隠れてやらせたり。それはやっぱり卑怯でもありますよね。

岡田 そうなんですよね。部落差別の問題は、日本の中で屠畜の議論が避けられてきた理由の一つになってしまっているし、特にメディアは絶対にとりあげてこなかったです。

栗田 わたしは一回品川の屠殺場に見学に行ったことがあるんですが、肉を食べているだろう人が、「この〇〇殺し!」「殺しやがって」みたいなことを書いてたり、部落差別の方への差別用語を使った嫌がらせのハガキが来てるんですよ。「いや、お前食べてるじゃん!」みたいな。それもびっくりしちゃって。

岡田 肉を購入してるということは、自分自身が加害者である、ということが繋がらない人というのがいます。それこそアンチにも「生産者に言えよ!」と言ってくるひとは一定数いますね。

——さっきの起訴された牛の虐待でも、あの映像をみて「かわいそう」と思う人はいっぱいいると思うんですよ。「ひどい、こんなことあるんだ」って。でも、自分が買っている牛乳の入った商品が、その虐待に加担している可能性があるということまでになかなか考えが及ばないのかな、と思います。

岡田 てっきり自分が飲んでいる牛乳を生み出した牛は丁寧に扱われていると思っているという節がありますよね。わたしたち、牛の漫画で一度炎上していて、まさに牛をあんな感じで殴ったりしてる様子を書いた漫画が炎上してしまったんです。そのときも「こんな扱いしてるわけがないじゃないか」みたいな意見がすごく多かったんですけど、実際、虐待はめちゃくちゃ頻繁に起こってるんですよね。でも「まさかそんなことしてないだろう」という感覚を持っている人は日本では多いです

生田 このあいだも話しましたけど、僕の本を読んだ女性が、乳牛というのは妊娠してなくてもずっとお乳を出す牛だと思ってたと言ってました。

岡田 それはよく聞きます。

生田 強制的に妊娠させないと乳は出ない、というのは当たり前なんだけど、それすらみんな知らないんですよね。

栗田 「乳牛」って名前がまずいんじゃないの? 「乳牛」っていうと、乳の牛だから、ずっと乳を出すと思い込んじゃうんじゃないの?

生田 そうなんですよ。

——牛って親子の絆がとても強いのに、生まれてすぐ親子が離されて、お母さん牛は泣いたりしてしまうんですよね。

岡田 そうですね。それが畜産というものですね。


【牛の母子の絆】
「イギリスの動物保護団体RSPCAの畜産動物部、主任研究員のジョン・アヴィジニウスは、我が子を取り上げられた母牛が、少なくとも6週間にわたって嘆き悲しむ姿を見たという。子牛が連れ去られると、母牛はすっかりうちのめされた様子で畜舎の外に向かい、我が子を最後に見た場所で何時間も子供を呼び続けた。力ずくで動かさない限り、彼女はその場を離れようとしなかった。6週間が過ぎても、母牛は我が子と別れた場所を見つめ、ときには畜舎の外でしばらく待っていた」

(ジェフリー・M・マッソン『豚は月夜に歌う——家畜の感情世界』より)

* この本はとてもおすすめ。



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