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【短編小説】 魔術師の魔法 【童話】


1、出会い

 やあ、可愛らしいお嬢さん。
 こんなところで何を泣いているんだい。
 ここは魔物がたくさん出る危ない森だ。
 君のような小さい子がひとりでいるのは危ないよ。

 ……なるほど。
 どうにも僕には理解しがたいけれど、そういうこともあるんだろうね。
 この通り、僕は偏屈で変わり者だから、この森についてはちょっと詳しい。
 では、村まで送ってあげよう。

 いや、まずはその悲しそうな顔をどうにかするのが先かな。
 さて、お立ち合い。
 取り出したるは不思議な瓶。
 中身は、心温まる魔法のお茶。
 そこに、心休まる魔法の甘味。
 なに? わるいものなんか入ってないさ。
 ほら、いい香りだろう。

 どう?おいしい?
 それは良かった!

 じゃあ、お家に帰ろうか。
 お手を拝借。
 さて行こう。

 こうして出会えたのも、なにかの縁だ。
 いいことを教えてあげよう。

 笑う顔には喜びが。
 泣き顔には悲しみが。
 しかめっ面には苦しみが。
 驚く顔には発見が。
 気持ちは素敵な不思議な魔法。

 だから笑って、お嬢さん。
 楽しく歌おう、お嬢さん。

 もう大丈夫。
 ほら、あっという間に森を出た。
 怖い魔物はもういない。
 おうちに帰って、休みなさい。
 見てごらん、みんなが待っている。

 おやすみ、小さなお嬢さん。


2、再会

 やあ、可愛らしいお嬢さん。
 こんなところでなにを歌っているんだい?
 僕に会いにきた? 変わってるなあ、お嬢さん。
 ここは魔物が出る危険な森だ。
 あまり来てはいけないよ。

 どうしたんだい、浮かない顔して。
 ……そうか、それは困ったね。
 仕方がない。
 少しの間、うちにおいで。

 そうと決まれば、さあ行こう。
 と、その前に彼を呼ぼう。

 これは魔法の笛だ。
 驚かないでね。
 さあ、追いで、僕の友人。

 魔狼を見るのは初めてかい?
 大丈夫、彼はとても紳士だから。
 可愛らしい君にほら夢中。

 さあ、覚えたね、僕の友人。
 この子の匂いのする家に手紙を届けておくれ。
 わかったわかった、あとで猪肉をあげよう。
 さあ、行ってくるんだ、僕の友人。

 大事な子を預かるのだからね。
 ちゃんと御両親にお伝えしなきゃ。

 さあ、行こう、お嬢さん。
 今日も良いことを教えてあげよう。

 ゆっくり歩け、ゆっくり見よう、時間をかけて、ゆっくりと。
 いつもと違う不思議な生活、見ればきっと見えてくる。
 恋しい村が見えてくる。

 歌って、小さなお嬢さん。
 もう大丈夫、怖い森はもう抜けた。

 いらっしゃい、小さなお嬢さん。


3、生活

 やあ、可愛らしいお嬢さん。
 どうしたんだい?
 そんなに目を丸くして。

 ああ、僕はずっとここにいる。
 ずっと、ずっと昔から。
 山積みの本と、紙の束。
 ちょっと散らかってるのが恥ずかしい。
 どれでも好きに読むといい。

 どうしたんだい、立ち止まって。
 ……文字が読めない?大丈夫!
 ひとつひとつ覚えよう。
 ほら、これから読んでみよう。

 君の心に奏でよう。
 これは小さな騎士の詩。
 こっちは偉大な魔法使い。
 あっちは素敵な王女様。
 どれでも好きに奏でよう。

 そして君は見つけよう。
 君の物語を探すんだ。
 誰でもない君を探すんだ。
 知識は宝の山なんだ。
 寝食忘れて奏でよう。

 もう大丈夫、お嬢さん。
 ゆっくりおやすみ、お嬢さん。
 夜のとばりは怖くない。

 おやすみ、小さなお嬢さん。


4、帰郷

 おはよう、可愛いお嬢さん。

 ……村が恋しい?そりゃそうだ。
 さあ、行こうか、お嬢さん。
 大丈夫、森の外まで送っていこう。

 そんな顔はしなくていい。
 大丈夫、僕はさみしくない。
 ずっとずっと、ここにいた。
 初めて君が来てくれた。
 楽しかったよ、お嬢さん。

 ほら、見てごらん。
 すごいだろう。
 世界はこんなに美しい。
 陽は暖かくて、木々が歌う。
 君の世界は美しい。
 君の世界は素晴らしい。

 ほら、見てごらん。
 君の村だ。
 みんなが声をあげている。
 みんなが君を待っている。
 さあ、行くんだ、お嬢さん。
 もう大丈夫。
 君は強い子、いい子だね。

 さあ、素敵なお嬢さん。
 いいものをあげよう。
 受け取って。

 これは不思議なお守りだ。
 悪い夢を消すお守りだ。
 不思議な不思議な、お守りだ。
 もう大丈夫、お嬢さん。
 きっと、これが守ってくれる。

 さあ、帰ろう、お嬢さん。
 また会う日まで、さようなら。




5、魔法

 やあ、素敵なお嬢さん。
 久しぶりだね、お嬢さん。

 ……探していた?ごめん、ごめん。
 この通り、僕は元気だよ。

 ……心配した?ありがとう。
 君は元気にしていたかい。

 そんな顔して、どうしたの?
 ……そうかそうか、それはそれは。

 君は、きっと魔法使い。
 僕とは違う、魔法使いだ。
 魔法と魔術は少しちがう。

 覚えているかい?あの歌を。

 笑う顔には喜びが、泣き顔には悲しみが、しかめっ面には苦しみが、驚く顔には発見が待っている。
 気持ちは素敵な不思議な魔法。

 君の心にある魔法。
 君自身がかけた魔法。
 それは素敵な不思議の魔法。
 いつかは覚める、不思議の魔法。
 自分の気持ちは不思議な魔法。
 自分の気持ちを大事にしよう。
 喜びも楽しさも、君のもの。
 悲しみも怒りも、君のもの。
 だから、うんと大事にしよう。
 自分にかける不思議な魔法。

 君は素敵な魔法使い。
 僕は魔法に憧れる。
 僕は魔法使いなんかじゃない。
 僕はただのふしぎな魔術師。



6、魔術

 やあ、お嬢さん。泣かないで。
 きっと僕にもあったんだ。
 幼いころに、あったんだ。

 魔法使いに憧れて、魔法を奏でて、愛を振り撒く。
 自然にみんな笑顔になって、幸せがこの世に満たされる。
 そんな夢があったんだ。

 僕は魔法が使えない。
 自分の闇に抗えない。
 それでも魔法が使いたい。
 だから、魔術師になったんだ。

 魔術と魔法は少しちがう。
 魔法は気持ち。
 魔術は術(すべ)。
 魔法を再現するのが魔術。
 だから僕は、魔術師なんだ。

 甘い温かい紅茶も。
 君に読んだおとぎ話も。
 よく眠れる挨拶も。
 世界が美しいことさえも。
 君にあげたお守りも。
 ぜんぶ、ぜんぶ魔法じゃない。

 君が求めるのは魔法使い。
 探しているのは魔法使い。
 素敵な素敵な魔法使い。
 だから、行くんだ、旅に出よう。
 さあ、行くんだ、君の道。

 ……そんなことを言わないで。
 僕は悪い魔術師だ。

 さあ、素敵なお嬢さん。
 魔法使いのお嬢さん。
 君はもう、大丈夫。



7、魔術師の魔法

 さあ、行ったね、お嬢さん。
 すてきな、すてきなお嬢さん。

 ここからは僕の独り言。

 魔術の道は暗く険しい。
 こんな道には誰もこない。
 きても、みんな戻っていく。
 それでも、僕らは求めている。
 いつか魔法を使えるように。
 求めすぎて、おかしくなる。
 いつしか心に獣が棲む。

 世界には悪い魔術師がいっぱいだ。
 魔法のように見せかけて、獣に変身して人を食らう。
 気をつけて、お嬢さん。
 魔法と魔術は少しちがう。
 見逃さないで、お嬢さん。

 魔法は君のためにある。
 誰でもない君のためにある。
 すてきな魔法を自分にかけて。
 悪い魔術に引っかからないで。


 僕は、ずっとここにいる。
 ずっとずっとここにいる。
 木々や風になって、見守っているよ。
 綺麗なお嬢さん。
 魔法使いのお嬢さん。
 君の世界を見せておくれ。
 僕にはちょっと眩しすぎる。
 素敵な世界を見せておくれ。

 君にあげたお守りは、永遠の時を刻む魔術。
 それがあるから大丈夫。
 忘れないで、お嬢さん。
 素敵で不思議なお嬢さん。

 もう僕は大丈夫。



8、魔術師の唄

 昔々のお話です。
 みんな、魔法が使えました。
 気持ちは素敵な不思議な魔法。
 喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、みんなそれぞれ魔法をかけます。

 でもどうしたことでしょう。
 ある日、突然、使えなくなる魔法。
 みんな、悩み、苦しみました。

 どうやったら魔法が使えるのか。
 どうして魔法になるのか。
 それをいっぱい研究しました。

 そうして生み出されたのが魔術です。
 どこまでも純粋な探究心で生み出されたのが魔術です。

 魔術は人を惑わしました。
 魔法は気持ちで現れるもの。
 魔術は魔法を再現するもの。
 いつしか人は、魔術と魔法の区別がつかなくなりました。
 しかし、どこまでいっても魔術は魔法になれません。
 いつしか、魔術は悪いことに使われます。

 あるひとりの魔術師が居ました。
 彼が渇望するのは魔法。
 彼が使えるのは魔術。
 人々はそんな魔術師が怖くてたまりません。
 それでも彼は魔術を捨てられませんでした。

 人に優しい魔術を、人が笑顔になる魔術を。
 そんな研究をしている魔術師を人々は信用してくれません。
 悪い魔術師に騙された人がいっぱい居たから。

 それでも彼は諦めません。
 いつしか、人々は魔法も魔術も、彼すらも忘れてしまいます。

 深い深い、森の中、ひっそりとした小さな家。
 少しだけ開けたその場所は、陽が降り注ぎ、暖かい。
 迷いの森に住んでいる、不思議な魔術師。
 木々や草花は、彼の瞳。
 風や鳥は、彼の耳。
 陽の光や月の輝きは彼の声。
 迷った人の前に現れる、不思議な魔術師。
 今日も、歌が聞こえます。
 森に響く、彼の歌。


 笑う顔には喜びが。
 泣き顔には悲しみが。
 しかめっ面には苦しみが。
 驚く顔には発見が。
 気持ちは素敵な不思議な魔法。
 自分の気持ちは不思議な魔法。
 自分の気持ちを大事にしよう。
 喜びも楽しさも、君のもの。
 悲しみも怒りも、君のもの。
 ほら、見てごらん。
 すごいだろう。
 世界はこんなに美しい。
 陽は暖かくて、木々が歌う。
 君の世界は美しい。
 君の世界は素晴らしい。
 君の心に奏でよう。
 これは小さな騎士の詩。
 あれは強い王様の詩
 こっちは偉大な魔法使い。
 あっちは素敵な王女様。
 どれでも好きに奏でよう。
 ぜんぶぜんぶ、君の道。
 歩いていける、君の道。
 さあ、行くんだ。
 どこまでも。
 僕は、ずっとここにいる。
 ずっとずっとここにいる。
 木々や風になって、見守っているよ。
 ずっと、ずっと歌ってる。
 君の心の森の中。

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