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とある夫婦の平凡な日常。

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2023年3月の記事一覧

【短編】migratory birds in books:三月 後編【小説】

【短編】migratory birds in books:三月 後編【小説】

 彼は、まず本屋に行った。
 適当に見るだけのつもりだったけど、なんとなく気になって一冊、手に取る。
 ぱらぱらと捲ってそれが自分の好きな文章だったからレジに向かった。
 そして喫茶店に向かう。
 喫茶店は混んでいた。
 運良く空いた席があって案内されて、コーヒーを頼む。
 購入した本をまた、ゆっくりと捲る。
 読み始めると夢中になってしまって、このままでは連絡が来ても気付かない、と思った彼は、ス

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【短編】migratory birds in books:三月 前編【小説】

【短編】migratory birds in books:三月 前編【小説】

 本が好き。
 子どもの頃から、ずっと。
 
 母が読んでくれた寝る前の物語。
 途中で寝ちゃって、最後まで聞けたことはないけれど。

 歯医者さんの待ち時間の絵本。
 読むっていうより、見るだけだったけれど。

 初めてのお小遣いで買った名作。
 よく寝るわたしが、眠い目を擦って遅くまで読んでいた。

 学校の図書室で読んだ小説。
 勉強しに行ったはずなのに、勉強なんてそっちのけで、早く帰れ、な

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【短編】不思議な梟:三月 後編【小説】

【短編】不思議な梟:三月 後編【小説】

「これも何かの縁、と思って、少し老人にアドバイスなどしていただけませんか」

 突然の話に、呆気に取られてしまう。
 むっ、と顔をしかめ、すぐに申し訳なさそうな様子になる、壮年の男性。
 なんとなく、この人は何か悩んでいるのだな、と思った。
 
「もちろんです。私にできることなら、是非」

 そう答えると、彼は少し表情を和らげ、また、むう、と唸って黙りこくってしまった。
 よくよく見ると、猛禽類の

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【連作短編】偏屈な梟:三月 前編【小説】

【連作短編】偏屈な梟:三月 前編【小説】

 
 季節は少しづつ春へと近づいていく。

 いつの間にやら梅が咲き、三寒四温の言葉通りに近づいていく。
 繰り返すたびに気温は上がり、だんだんと寒と温の差は縮まっていくものの、寒のほうが来るたびに、また冬が帰ってきた、とばかりに冷え込んで、寒い寒いとばかり言ってしまう。
 いまだに、朝夜、煙草を吸いに行く時は、コートとホットのコーヒーが手放せない。
 日々、変わらないようで移りゆく日々。
 そん

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