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【怖くない話】銭湯 二題【「禍話」リライト番外編】



 今回は、「禍話」の聞き手役にして「禍話」拡散計画の立役者のひとり、映画ライターの 加藤よしきさん が目撃した世にも奇妙(?)な出来事の話。

「こんなことが……世の中に……?」

 という意味では若干怖いが、いわゆる怖い話ではないので、安心して読んでいただきたい。


その一「ととのいすぎたおじいちゃん」



 最近はサウナがブームで、「ととのう」という表現が聞かれる。「熱さのおかげで心身のバランスが安定する」くらいの意味だろうか。 
 しかし……
 爽快感と気持ちよさが度を越え、「ととのう」の先まで行ってしまった時、人はどのような概念領域に足を踏み入れてしまうのか?
 これは、それを知ることのできる話である。


 加藤よしきさんは、銭湯がものすごく好きである。
「スーパー銭湯を世界中に作れば戦争はなくなる」などとTwitterにも書いておられるほどの銭湯Loverだ。

 その日も加藤さんは、仕事で疲れた身体を引きずり、銭湯へと行ったという。
 広い湯船にゆったり浸かっていると、疲れがじわじわと抜けていく気持ちになる。
 
「いやぁ、やっぱり銭湯はいいな」としみじみ感じていると、入り口からおじいちゃんが入ってきた。
 
 一目見て「おじいちゃん」とわかるくらいなので、70代後半から80代と思われる。
 おじいちゃんはごく普通の老人であった。身体を洗い、浴槽に近づいてくる。
 ここまでは、一般客となんの変わりもない人であった。


 おじいちゃんが、湯船にゆっくり足を入れた。
 熱さが身体に染みるのか、「アアァーッ……」と声を出した。

 お風呂に入るとその熱さと気持ちよさに、思わず声を出してしまうことが皆さんにもあるだろう。 
 大抵は「フゥ」とか「ウーッ」とか、「アーッ……」くらいのものだ。

 そのおじいちゃん、ずいぶん気持ちよかったのか、かなり大きな声が出た。
 ここまでは別にいい。公衆浴場でもそんな人はよくいる。とがめ立てる必要もない、ほほえましい光景である。

 ところが。

 熱湯に浸かっていきながら発されるおじいちゃんの声は、常識のレベルを軽く越えてきたのである。



「アアぁ~~~~~ッッッッ……ンゥゥゥンンンッッッッ~~~~!!
 ……オオッ……オオオァ~~ッッ……アアアアアアァ~~~!!」



 ほとんど嗚咽のような声だった。
 熱湯に浸かって気持ちいいのは結構なのだが、とんでもない大音声だ。

 しかもおそろしいことに、そのむせぶような快楽の叫びが、肩まで浸かると浴場全体に聞こえるほどの大きさとなった。
 外の脱衣所に、いや建物の外にまで聞こえるかもしれないほどのでかさだった。



「……アァっ、ウウウウ~~~~ンンン!! オアッ……オオオオォォォ~~~!!
 アアァアァァ~~~!!? ンンンンンンンン~~~!!
 アアアアアアアア…………オァアアアアアアアアア~~!!」



 ……この人、大丈夫?


 加藤さんは心配になってきた。 
 これは風呂の、熱湯に浸かる快感を越えている。もはや性的絶頂にすら似ている。いや、このままぱったりと事切れてしまうのではないか。
 この人の「気持ちよさ」は一体、どこまで登りつめてしまうのか? 
 加藤さんは横目で、悶絶するおじいちゃんを観察していた。


「アアアアアアアア~~~~~ッッッッ!! ンンンンンフウゥゥゥゥんン~~~!!」


 おじいちゃんはまだ悶えている。

 その直後。

 おじいちゃんの口からはっきりと発された言葉に、加藤さんは驚愕した。



「ヌフゥゥンンンンンンンン~~~……!! 
 オアァァァアアア~~~~ッッッ…………!!


 失う……ッ!! 失うゥ~~~ッッッッ!!」




「えっ!? 何を!?」

 思わず突っ込みそうになったのを、加藤さんはどうにか押し止めたそうである。


「ととのう」を越えると、「失う」に至るらしい。
 何を失うのかは、わからない。 




◆◆◆◆◆◆◆


その二「侠(おとこ)の一言」




「あっ、それとこれとは、話は別なんですね」ということが、世の中にはある。


 加藤さんは仕事でくたくたに疲弊した身体を引きずり、銭湯へと行った。
 広い湯殿にゆったりと浸かっていると、地獄のような疲労がじわじわと抜けていく気持ちになる。
「いやぁ、本当に銭湯っていいもんだな」としみじみ感じていると、入り口からスゴい男が入ってきた。 


  50歳を越えたくらいのその男。
 彼は、「暴力団」とか「ヤクザ」などという言葉では足りない容姿と雰囲気を持っていた。

 背中はもちろん、肩から二の腕、胸や下半身まで全身にびっしりと、刺青が入っている。
「タトゥー」と呼べそうなオシャレなものではない。和彫りだ。龍、般若、蛇……そういうギンギンのやつである。
 当然のように頭はスキンヘッドで、目つきが刺すように鋭い。
 そういうお仕事の人独特の、人間ひとりひとりを値踏みするような圧迫感を常に漂わせている。

「──“博徒”だ」
 加藤さんはそう思った。

 その男──いや、「侠(おとこ)」と書いた方がよさそうな侠(おとこ)は、シャワーで身体をざっと洗い流した。
 湯煙の向こう、和彫りが舞い乱れる身体が、湯と汗とで濡れていく。
 心臓のあたりには「忠」か「義」か、そのような漢字が大きく彫りこんであるのが見えた。
 これはいよいよ本物である。幹部クラスの人である。

 濡れたタオルを男らしくピシッ! と肩に叩きつけて、堂々とした歩みで浴槽までやって来た。 
 加藤さんは「これはちょっとズレておこう」と隅の方へと移動した。


 見事な刺青の、体幹の太い肉体が、周囲を圧するようにずんずんと進んでくる。
 他の客の存在に臆する様子など微塵もない。
 侠(おとこ)は、浴槽のフチを乗り越えた。
 そして、足を上げた侠(おとこ)の爪先が、熱湯の表面に触れた。 

 その瞬間。
 



「あつゥッ」



 侠(おとこ)は、ちっちゃな声で呟いた。
 足を戻し、トコトコ洗い場に引き返した。
 身体をシャコシャコ洗ってじっくりとお湯で流してから、湯船にとって返してきて、改めてゆっくりと浸かったそうである。



「侠気と熱さへの耐性って、別物なんだなぁ」

 加藤さんは思ったという。








【おしまい】




☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 ザ・禍話 第二十六夜 (ととのいすぎたおじいちゃん)
 同上 第二十七夜 (侠の一言)
 における加藤よしきさんのお話を、編集・再構成してお送りしました。


☆☆パケ死のため2020年10月中の放送はないらしいものの、来月からはほぼ無尽蔵にお送りできるようになるらしい「禍話」、
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