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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 75&76

【前回】

●75
 酒を飲まない生活なんて考えられねぇよぅ、勘弁してくれよぅ。トゥコの嘆きをダラス以外の俺たち4人がなだめた。
 ジョーの下に付こうなんてのはどうせヤワな甘ちゃんに決まっている。俺たちにとっては長い小枝を折るくらい簡単な仕事だ。
 だが仲にはホネのある奴もいるだろう。銃を持っている奴だっているだろう。小枝も時にははねて顔に当たる。何より志願者どもが全部で何人いるかわからない。
 だから、戦力はひとりでも多い方がいいのだ。そして俺たちは、特に俺とブロンドは、この男に酒を一切与えていない時の機嫌の悪さを知っている。こいつは酒が入るほどいいやつになる。逆に言えば、飲まぬほど恐ろしい人間になる。
 だがその恐ろしさを、しかも意図的に作り出すとなるとこいつがコトだった。
 ブロンドが頼み、ウエストが励まし、モーティマーが短く言ってみたが失敗した。ダラスは口を開こうとしたら「おめぇはいいよな安全で!」と先を制された。

 さて、最後は俺の出番だった。頼んで無理なら強行手段しかなかった。
 俺は「ヘンリーズ」の奥の倉庫から色とりどりの酒の入ったケースを担ぎ出してきて言った。
「トゥコ。参加しないなら、俺は今からこの酒瓶を全部割る」
「ええっ!」
「当日までたった3日飲まないだけでいいんだ」
 俺は奴に近づいて、声を落として、じっくりと言い聞かせた。
「3日我慢したら、相当にイライラするだろう。誰でもいいからブン殴りたい、ブッ殺したい、そういう気持ちになるだろう。それをな、当日に爆発させるんだ。例えば当日、50人いたとするだろう? それを4人でやるとなると……4人だと……」
「約13人だよ」
「13人だ。だがお前が入って5人になれば、そう…………10人で済む。青白いチンピラの集まりを10人だ」
「でもなぁ……」
「欲しい武器はこっちで用意してやる。それに……これは特別だが、俺のカネで、すごい酒を1本買ってやろうと思っている」
 トゥコの目がギラッ、と輝いた。ここだ、と俺は押し続けた。
「“リザード”だ。あのトカゲのマーク……知ってるよな?」 
 トゥコはうん、と頷いた。「おめかしして、高級な店で一杯だけ飲んだことかあるよ。ありゃあもう……」
「そうだ、仕事が終わったらあれを1本買ってやろう。あとはいつでも好きな時に飲むといい……」
 トゥコは困った顔でしばらく考えていたが、「わかったよ……やるよ……」と答えた。

 かくしてジョーたちを潰す5人と1人が揃った。あとは準備をして、その日を待つだけだった。



●76
 3日前からそれは始まった。
 俺とブロンドとモーティマーは銃を丁寧に掃除し、どれだけ必要になるかわからない弾をしこたま買ってきた。とは言え500人とはいないだろうから1000発は要らないだろう、との希望は持っていたが。

 途中、モーティマーが「人の頭を撃つのは……ちょいとな……」と弱音を吐くのを俺は聞き咎めた。積極的にブチ殺すのは今回だけだ、それにあんた、そんなことを言える人間でもないだろう、と強く出た。
 奴は頬を震わせながら立ち上がって俺を睨んだが、少ししてから「その通りだ」と元の通りに座って、ライフルの手入れを再開した。

 ──考えてみれば、この準備段階で一番働いていたのは俺だったように思える。
 万全の態勢で奴らを襲撃する。そしてジョーの名を地に落とす。何年も溜め込んでいた「気に入らなさ」を完璧な形で炸裂させるために、俺はみんなにハッパをかけて回った。

 ブロンドには、形ばかりだが怒りの進撃を止めたことを謝った。それから「だがな、今度こそ本気で暴れられるぜ」と囁いた。
 ブロンドはわかってるさ、と言いながら振り向いた。「あの目」になりかけていた。

 弱気と言えばウエストもそうだった。
「なぁセルジオ……」2日前の朝に奴は小声で相談してきた。
「もしもさ、もし、と思ったんだ。……向こうに、“兄弟”がいたら、どうしよう?」
 兄弟ってのは、黒人ってことか? そう聞くと頷いた。
「銃もない、ケンカするつもりもない、兄弟をさ、俺がその、やっちまう流れになったとしたら、それって、“西部の男”って、言えるのかな?」
 ウエストは眉を下げて、心底迷っているようだった。
 俺は奴の肩を強くつかんで、強く言った。
「“西部”ってのはな、男を見せる場所だ。今回のこれは、まさに、男を見せる舞台なんだ」
「そうなのかな……」
「考えてもみろ、ジョーの手下になろう、って奴が、お前の“兄弟”か? 仲間か? 違うだろう、違うよな?」
 それにな、と俺はウエストの耳元に口を寄せて、とどめの一言を胸に突き刺した。
「ここで踏ん張らないと、お前は2年前に逆戻りだぞ」
 ウエストの目に恐怖が走った。2年以上前の、俺たちの想像だにしない、地獄の日々の影がよぎった。
「…………わかった」
 ウエストはそれだけ言って、また蹄鉄をハンマーで叩きはじめた。目があの、下弦の月になりかけていた。

 トゥコは酒を止めて、日がな一日椅子に座って足を揺すっていた。
 1日前の昼。キンキンに冴えてイラついた目つきになったトゥコはいきなり「刃物が欲しい」と言い出した。
「でかいやつだ。4、5本。買ってきてくれ。それでやる。みんなやる」
 精神的不調のせいかウエストよりもたどたどしい喋りでそう言う奴に「わかった」と応え、馬でひとっ走りして6本も買ってきてやったのは俺だった。

 ──そして、その日。

【続く】

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