【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 77&78
●77
昼頃に「ヘンリーズ」を出た俺たちは、あとで「仕事」にかかるダラスを町近くの岩場に置いてから、カンザスの方へと馬を進めた。
5頭の馬の上、酒を数日抜いたトゥコと2年前に戻りたくないウエストはすでに怒りでできあがっていた。
ウエストは蹄鉄をOの字に丸めて作った代物を両手の指にはめている。俺が「素手で戦うなら、素手で戦う武器が要る」と言って作らせたものだった。
ブロンドとモーティマーはいささか緊張しているように見えた。
俺はというと、何故かひどく冷静だった。馬の揺れごとに心が穏やかになっていくのを感じた。
俺は下を見た。
ぱさついた地面には乾いた草しか生えていない。「どうしようもない土地だ」
俺は一人で言った。
そうだ。俺たちはどうしようもない土地に生きる、どうしようもない奴らだ。盗みと殺し、酒と女しか知らない。金持ちから盗んで貧乏人に配ってやるジョー、そして仲間入り志願者が多いからと面接大会まで開いてやるジョーとは大違いだ。
だが奴は、奴らはこれから死に、俺たちは生きる。何故ってここは、そういうどうしようもない土地だからだ。
「何を考えている」ブロンドが近づいてきて聞いた。
「何も考えてない」俺は答えた。
「そうか」ブロンドは離れていった。
町から離れてぽつん、と建つバー「どっちだか」が遠く見えてきたあたりで、俺たちは近くの農家から三かかえばかりのワラを失敬した。俺の馬には板切れと釘とハンマーがつけてあったから、ワラはモーティマーの馬につけた。
日は高く昇ってから傾いて、夕方の気配があった。
もう集合時間は来ていた。「どっちだか」には、何人だかはわからないが、相当な数のバカがジョーと仲良しになりたくて来ているに違いない。ジョーはそういう奴らに一人一人優しく接して、自分のような「いい奴」を探しているに違いない。
俺たちはその「いい奴」には入れない。
だからやるのだ。
●78
そっと店に近づくと、やはり中はかなりの人数で盛り上がっている。
俺たちはモーティマーに先に行かせた。面の知られていないガンマンとなると奴しかいないのだ。
「あんたがジョーか?」「そうだ」「あんたのアジトにどこぞのコソ泥が数人、忍び込んでるらしいぞ」「本当か?」「あぁ、アジトはいま、留守なんだろう? 何やら煙が上がってる」──そういうやり取りをする手筈だった。
と、ここで思わぬ事態が起きた。
ジョーは仲間を数人残してハニーと共にすぐさま出かけ、そいつらに「今日の面接は延期だ」と言わせてお開きにするだろうと踏んでいた。部下と雑魚がウヨウヨいるそこに俺たちが踏み込むのだ。
ところがジョーはやはり偉いもんだった。バーの戸口から出てきたのはジョーとその仲間の5人だった。5人は馬に乗ってアジトのあるらしい方角へ急いで駆けていった。
ジョーが出ていくのは計算通りだったが──むしろ奴にはここを去ってもらわないと困るのだ──ハニーが残るとは思っていなかった。
緊急時だが、部下じゃなくいわば副長のハニーを残す。義理堅いジョーらしかった。しかしこっちとしては、場を引き締めて抵抗してくるかもしれない奴が残っているわけだ。少し厄介な戦いになるかもしれない。
「ハニーが残ったな」岩陰に隠れながらブロンドは言った。
「ああ、そう──」
俺は最後まで言えなかった。ブロンドは「あの目」をしていた。ここに来て踏ん切りがついて、過去の怒りがようやく戻ってきたようだった。
「ハニーが残ったな」ブロンドはこめかみに稲妻を浮かべてそう繰り返した。
腰をかがめ、先にワラを店の周りに置いていく。店内はジョーが去ったことでざわついていて、ハニーが「はいはい、ちょっと聞いてみんな! あのね……」と説明しはじめている。
イラつきで作業ができなさそうな3人を残して、俺とモーティマーで外側から2枚、頭のあたりと膝の高さに板をがっちり打ちつけた。幸いにもハニーの言葉とざわつきで、釘を打つ音は中まで聞こえなかったようだ。
「行くか?」とは言わなかった。俺たち5人は目を合わせただけだった。
俺たちは頭を下げながら、スイングドアをくぐった。
いきなり気圧された。
店内にはかなりの人数が集まっていたのだ。100人いるかいないかという数だ。
しかしほとんどが丸腰で、銃どころか刃物を下げているやつもほとんどいないように見えた。
武装した者がいないのは幸運だったが、こんなにもバカが多いとは思わなかった。ちらちら見える横顔はどれも悪党らしくなく、平和な野郎に見えた。なんと女の姿すらある。ジョーの顔を拝みに来たのだろうか?
ハニーが奥の方にいて、身ぶり手ぶりと共に志願者どもに落ち着いて話を聞くよう促している。
その周りに、引き締まった顔つきでガンベルトを巻いた奴らがいる。あれがジョーとハニーの仲間だろう。
俺たちの背後でモーティマーが、スイングドアを板で釘付けにしている。その音に気づいて振り返った野郎もいたがやはりバカらしく、何をやっているのかわからない様子だった。
トン、とひときわ大きなハンマーの最後のひと振りが響いた。
ハニーも、その仲間も、志願者のバカどもも、その音で一斉にこっちを向いた。
こちらは5人。
銃を腰に下げた俺。
ギラついた目の黒づくめ姿のガンマン。
イライラした様子で両腰にでかい刃物をぶら下げた背の低い色黒の男。
今にも飛びかかりそうな顔つきで指に蹄鉄をはめた若い黒人。
それに痩せて鋭い目つきの、背中にライフルを抱えた中年の男。
この5人。
これは殺し合いにはならないな。俺は奴らを眺めながら思った。
これは虐殺になる。西部の歴史に残るような、最悪の大量虐殺になる。
頭の中で血が沸き立った。俺はニヤッと笑った。
地獄がはじまる。