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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 73&74

【前回】

●73
 それからはウエストに、そして俺の好ましい方向に話が転がっていった。いやそれ以上だった。
 トゥコが床に置いた酒瓶を蹴り倒し、「そうはいかねぇよなぁ」と言った。モーティマーも鋭い目つきになって大きく頷いた。ダラスは「そうですとも」と叫んで椅子に座り直した。
 最後にブロンドが、壁際からこっちに歩いてきて、俺の肩に手を置いた。それからちぎれんばかりに握って、「どうする?」と言った。怒ってはいなかったが、瞳の奥に「あの」危険な色が宿っていた。

 人のことは言えないが、まったく恐ろしい連中だった。土台を作ったのは俺だったが、特に堪忍袋の緒がゆるんだトゥコとダラスのそれぞれの賢さはそれぞれに悪魔的で、手の平によくなじんだ縄でもたぐりよせるようにスルスルと策が練られた──ジョーを綺麗さっぱり始末するための策が。

 ランプの明かりがぶら下がる「ヘンリーズ」の真ん中、たった一晩で計画は立てられたが、ひとつだけ問題があった。
 ここから評判をひっくり返すには、まず「惨劇」が必要だった。それもとびっきりのやつで、血なまぐさくて、世間が顔をしかめるようなやつだ。
「“クソッタレのジョー”を潰す、その第一段階の機会が巡ってくるまでは、俺たちゃあちょいとガマンしておかなきゃいけねぇ」
 トゥコが言った。この計画の太い骨を組み上げた男だ。いつもより控えめの量の酒を飲んでいると滅法頭が働く奴だった。
「そうですね……しかし、私にも出番があるというのはこう、嬉しいですな」
 ダラスが微笑む。この計画に肉を付けた男だ。自分の身体とは正反対に、無駄のない、余分のない、見事な体型に作り上げた。

 俺たちは待った。
 もちろん待つだけではなかった。「惨劇」を引き起こせるような機会か舞台を、向こうが用意してくれないものかと聞き耳を立てた。ネブラスカの町で、コロラドの村で、ニューメキシコの道端で。
 続々と血を流さずにカネをかっさらい、輝きを増していくジョーの名声に顔を歪ませながら、俺たちは聞いて、待っていた。
 もしそういう機会が来なかったら、俺たちはジョーのアジトを探す必要があった。ただそれは最後の手段だった。向こうさんの「ホーム」に突っ込むとなると、こっちにも犠牲を出す覚悟が要る。俺たちの立てた計画は元々、リスクは低めでリターンは多いはずだった。だからこそ最後の手段なのだった。

 ジョーとハニーの金ぴかの評判がいよいよ高まりつつあった数ヶ月後、とうとう、ついにその「機会」がやってきた。しかも最高の「舞台」をも背負って。



●74
 その話をモーティマーから聞いた時は、ジョーはお人好しにも程があると思った。
「確かに聞いた」モーティマーは確信を込めて言う。「あまりにも仲間入り志願が多すぎるからだそうだ」
 トゥコは昼から酒を飲んで「こりゃうめぇ!」と叫んでからいぶかしそうに言う。
「しかしそれが本当だってんならよぅ、なんつうか……オメデタすぎやしねぇか?」
「確かにそうですね」ダラスが今月の稼ぎを勘定して等分する作業──こいつの役割はこの“会計”の仕事もあった。ここ最近は作業量が大幅に減っていたが──をしながら言う。
「前代未聞でしょう。強盗の面接だなんて……」

 そう、ジョーは次々と増える仲間志願者や弟子入り志願者に困り果てて、そいつらを同じ時刻、同じ場所に集めて、「面接」をしようとしているらしかった。

 とんでもない話だ。銀行や炭鉱で働くわけでもなしに、そんなことをしようなんざ。
「形式に乗っ取ってやれば、しつこくやって来る輩も納得するだろう、と思っているらしい」
 ダラスに「それは誰から聞いたんです?」と聞かれて「ある女からだ」と答えるに留まったが、モーティマーは間違いない、と言った。ああいう女は嘘はつかないはずだ、と付け加えた。
「でもよぅ、保安官に押さえられたら一発で全員お縄じゃねぇのかよ」
 トゥコの疑問ももっともだったが、モーティマーは「場所はまだ秘密なんだ」と答えた。
「信頼できる強盗仲間の情報ルートを使って、そこから志願者に伝言していくらしい」
「……まぁ、どう伝えてくるのかは知らねぇが、要するにそのルートにひとり、潜り込めばいいわけだな? 体力と野心がありそうで、純朴そうな、若い男がよ……。なぁウエスト?」
 律儀に店内の掃除をしていたウエストはビックリした顔で振り向いた。

 かくしてウエストは町へ行き、たどたどしく喋りながらも何とか「参加者」の一人としてルートに入り込んだ。

 志願者の集合場所を知らせる日が来た。
「わかったぞ!」
 町から馬で駆けてきて店に飛び込んできたウエストは息せき切ってそう叫んだ。
 ぜいぜい言うウエストに水を飲ませると、奴は紙に地図を書きはじめた。ウエストは字が描けないのだが、絵図はうまい。ダラスから聞いて銀行の見取り図もすらすら描ける。

 ウエストはまず、右の一辺が歪んだ四角形を描いた。それからその歪んだ辺に接して、左右両方がグニョグニョ歪んで上下はパッツリまっすぐ切られたような変な図形を描いた。
 それからその2つの図形のほぼ真ん中に、バーらしき建物をちょちょっと記した。
「ここだ」ウエストは指で示した。「ここにジョーたちと志願者が、みんな集まる」
 州と州の間に建ってる珍しいバーらしい、広さもちょうどいいそうだ、とウエストはつけ加えた。

 俺と、トゥコと、ブロンド。3人が同時に顔を見合わせた。
「こんな巡り合わせもあるんだな……」ブロンドが言った。俺もまるっきり同感だった。
 3人ともそこは知っていた。
 俺とブロンドがはじめてジョーを見た場所だ。
 店の真ん中にピンク色の州境が引いてある場所。
 太った夫婦がやっているバーだ。

 そこはカンザスとミズーリの真ん中に建つ、「どっちだか」と言う、ふざけた名前のバーだった。 

【続く】

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