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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 104

【前回】

●104
 炎に巻かれて熱を帯びていく「ヘンリーズ」から逃げ出そうというのか、ブロンドはガラス窓を開けようとした。大きな窓でそれが開けば夜風が入ってくるはずだった。しかし開かない。ブロンドは外へ逃げようと窓を押していたが、ここの窓は内開きなのだ。
 もはやほとんど全身が炎に包まれたブロンドは、最後の力をふりしぼったかのように拳を握りしめて、ガラス窓を何ヵ所も叩き割った。そうして我慢の限界とばかりに頭を外へと突き出した。
 ガリッ、といやな音がした。聞いたことがある音だった。
 肉屋で店主が、塊の肉を、ナイフで削ぐ音──
「ああっ…………!」
 ウエストがうめいた。
 ブロンドの、炎が舐めている背中に広く、どろりと赤黒い液体が流れた。
 その背中の先にくっついた、首の真後ろ。そこに、割れた窓に残った尖った部分が、ざっくりと刺さっているのが見えた。逆巻くような炎が照らすから、嫌でもその様はよく見えた。
 ブロンドの肉体は幾度か痙攣してから、後ろに、店内側にくずおれて、仰向けに倒れた。
 男ぶりのよかったブロンドの顔、年の割には見目のよかった顔は、もう消し炭のように真っ黒になって、目も鼻も口もなく、ただの穴になっていた。首から上を覆い尽くした炎は皮肉にも完全に消えていた。

「どうして。どうしてなんだ」
 俺の横でウエストが泣いていた。
「どうしてこんなことに」
 煙が天井を覆う。生き物のようにのたうつ炎は柱や壁へと昇っていく。
 燃えていく「ヘンリーズ」の真ん中で、身体を震わせて泣くウエストを脇にして、奇妙なことに俺の心の中は静かになっていた。
 俺は今ひどく冷静だ、とそう思った。こんな状況で冷静だなんて、逆にとうとう気がふれてしまったのかもしれない、とも思った。
 炎で床がミシミシ言い、柱がピシピシ音をさせる真ん中で、やるべきことは何かを考えた。
 3つあった。
 ひとつ、ウエストをどうにかすること。ふたつ、俺がここから逃げること。そしてみっつ…………

 そのみっつ目は、炎に巻かれた柱の背後から現れた。

 ジョー・レアルだった。
 業火を背後にしているというのに、奴は無表情で、俺とウエストを眺めていた。
 幽霊ではない。吹き上がる炎の熱風が、奴の服をひらひらと動かしている。
 だから──あいつは人間だ。生きた人間なのだ。

 もう、増えた首のことなどどうでもいい。
 ジョー・レアル。
 俺は、ここで、こいつを殺さなくてはならない。

【続く】

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