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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 102&103

【前回】




●102
「死ねっ! この悪魔!!」
 ジョーはひどく緩慢な、最低限の動きでそれを横に避けた。だがその場所にもう一人がかけ寄って拳を振りかざした。ブロンドだった。雷のような速さで殴りかかったはずだったが、ジョーはひらりと身をそらせてしまった。
「クソっ!!」
 ウエストは振り下ろして外した椅子をそのまま横に薙いだ。普通ならジョーの身体に当たる位置だったが、そこには柱があった。バーにしては太い柱だった。椅子はそれにぶつかってジョーの手前で粉々に砕けた。
 ジョーは服をはためかせて闇の中へとまぎれた。
「クソぉっ! ブロンド! セルジオ! 銃で、撃ってくれ!」
 俺は銃を抜いたが、黒い布を被ったようなジョーの姿はひどく見えづらい。ゆらめくランプの明かりは俺たちに幻を見せるみたいに、残った仲間2人をジョーの影のように仕立ててしまう。
 ウエストが暗闇の中に突進して行ったが、「クソっ」と叫んで戻ってくる。一瞬その戻る姿に発砲しそうになる。
「ダメだウエスト、この暗さで銃を使ったら同士討ちする」俺は銃をしまって言った。「素手でいくしかない……」
「殺してやる」ブロンドが静かに燃えるように言いながら、壊れた椅子の足を拾い上げたようだった。「殺してやる」
 俺たちは言うともなく3人で固まって、背中合わせになった。一ヶ所に集まることによってジョーに一気に襲われる可能性もあったが──何せ向こうがどんな武器を持っているのか、それすらわからない──バラバラに動いて殴り合うバカを見るよりはマシだと思った。

 …………外はもう、夜そのものになっていた。
 ランプの光と夜の闇のふたつに分かれた「ヘンリーズ」の中は、一気に静まり返った。
 ランプが照らす下には床が見え、あるいはジョーの首が入った袋や箱が置いてある。暗がりにだって袋や箱が置いてあるはずだった。光の下と闇の中、合計106つの、ジョー・レアルの、生首。
 ふと見れば、ジョーが抱えて持ってきた箱は、まだテーブルの上にちょこんと載っている。あれの中には、ジョーとは少し似ているが別人の生首が入っている。
 俺は変な気分になってしまった。そもそもこの首は誰で、どこから……気を抜いていたら箱の前を誰かがよぎった。ハッと首をめぐらせたが誰もいない。ジョーそのものだったのか、それともランプに映った奴の影だったのかわからなかった。
 駆ける足音がウエストの脇をすり抜けた。グッ、と息を詰まらせてウエストは拳を振り上げたが、そこには誰もいない。
 殺してやる、殺してやる、と呟いてブロンドが銃を抜いた。そばにいる俺たちの鼓膜の具合にも構わず、装填を繰り返して四方八方に銃をぶっ放した。
 引き金を引くたびにまばたきをするようにそちらの方向が明るくなる。だがしかし、いつもその方向は無人だった。
 一瞬の光の中に照らされるブロンドの顔は俺たちと同じく冷汗でびしょびしょだった。目は「あの目」をしていたが、その表面にはひどい恐怖の色が宿っていた。
 俺の頭に、ジョーには弾丸の飛ぶ道が見えている、という想像が浮かんだ。俺はかぶりを振ってそれを追い出した。それよりもブロンドの乱射を止めなければならない。弾切れになってからでは遅い。
「おいブロンド! 弾切れになるからもう──」
 俺が叫んでいる最中に一発、弾が発射された。するとその向こう、10歩もない距離、柱にかかったランプの光の輪のすぐ外に、ジョーが立っているのが刹那見えた。
「いたぞ!!」
 ブロンドは叫んで手元の銃から残りの弾丸を全部ぶっ放した。弾倉がカラになり三度カチカチ言うのを聞いてから、奴は狂ったように銃を投げて、そして左手に持っていた椅子の足を握り直した。
 その動きを狙っていたかのように、ランプの光の真下にジョーがぬっ、と現れた。
「殺してやるッ」
 やめろ、と叫んだが、もうブロンドの耳には何も聞こえなかった。汗でべっとりシャツが張りついた広い背中が闇に消え、それからランプの下に奴の黒づくめの姿が躍り出た。
 ブロンドは狂った犬のように吠えて、椅子の足を振り下ろした。ジョーは再び、すんでのところでそれをかわして、ランプの照らさない暗がりへと引き下がった。

 それで、終わりではなかった。 



●103
 ブロンドが殴りつけようと振りかぶった椅子の足はランプに激突し、ランプは柱のフックから外れ──ブロンドへと、垂直に落下した。
 外身が当たっただけならかすり傷で済んだはずだった。だかランプのガラスは割れ、逆さまに落ちたのだった。
 割れた中央部からオイルが、ひとすくいほどのオイルがブロンドの顔面と肩にかかり、そこに火種がもろにぶつかった。

 ボウッ、と音を立てて、ブロンドの顔と上半身が燃えた。

 ブロンドは吠えた。さっきとは違う絶望の咆哮だった。虫でも払うように顔面を叩くが火は消えない。むしろそのせいで、炎は顔面の全体と真っ黒なシャツに広がっていく。
「ちくしょう! かおが!」 
 ブロンドは叫ぶ。痛みのせいか恐怖のためか、膝を震わせながらほとんど引きずるように床を進む。そしてすぐそばにあったランプを蹴り倒し、そのまま踏み潰した。
 床にぶちまけられたオイルにぞわっ、と炎が広がった。その炎はブロンドの足を焦がした。奴はよろけて背後の柱へとぶつかった。そこにもランプが引っかかっていて、ブロンドにこそ当たらなかったが、床に直に落ちた。衝撃でバラバラになったランプからまたオイルと炎の舌が伸びて床を舐めた。その先にはまた他のランプがある。炎の熱でバチンと本体がはぜた。またブロンドがランプをひとつ蹴り潰して、炎はボロの「ヘンリーズ」の床を塗りつぶしていった。
「かおがやける!」
 ブロンドは絶叫しながら俺たちの方へと前のめりに走り寄ってきた。俺もウエストは串刺しになったように動けなかったが、奴はもうほとんど目が見えていなかったらしかった。俺たちの間をすり抜けてそのまま進み、たぶんジョーの首が入った袋につまずいて倒れこんだ。
「ちくしょう! おれのかおが! かおが!」
 まだ燃えていない板の間で身体の炎を消そうとしたのかブロンドは転げて全身を床にこすりつけた。それが幸を奏して消えかけたかと思った途端だった。奴は椅子にぶつかり、座面に置いてあったランプがまたひとつ、今度はブロンドの顔の真ん中に──

 ブロンドはもはや炎の塊のようになった顔面をかきむしりながら立ち上がった。何かを叫んでいたが言葉になっていなかった。奴は苦しみ、動き回り暴れ回り、俺たちにはどうすることもできない。
 足元がふらついて柱に手をつけば、火はカラカラに乾いている柱に移った。奴は一度ばったり倒れたが、そのせいでこっち側の床にも着火した。
 ランプの光は火となり、繋がり広まり炎となり、さっきまで薄闇や暗がりが大半を占めていた「ヘンリーズ」が、おそろしいほどに明るく煌々と照らされていく。俺とウエストは身を寄せ合って何もできず、自分たちを中心に周りを燃やしていく炎を眺めるだけだった。

【続く】

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