見出し画像

【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 100&101

【前回】

●100
 ダラスは壊れかけたスイングドアにぶつかった。ひとつめの首を運んできた「おかみさん」が半分壊した片方のドアがその勢いでついに外れて敷居の位置に落っこちた。
 クソッ! クソが!! その声が遠ざかっていく。たぶん外に置いてある水入りの樽で右手を清めてそれからどうにか処置するのだろう……と頭をよぎった直後、馬のいななく声がした。
 ドアの外で、自分の馬を持たないダラスが、誰かの馬を繋ぎから外して、不格好に乗りつけた。
 右手を押さえているその不格好な姿で馬の腹を蹴った。馬が最初はゆっくりとした動きで「ヘンリーズ」の左を巡るように進むのが、店の左側に何枚かはまっている窓から見えた。
 それから速く駆け出した。蹄の走り去る軽快なリズムが、「ヘンリーズ」から遠ざかっていった。 

 行ってしまった、と俺は窓の外を見ながら思った。
 だがどうしてジョーは、ダラスをそのまま行かせたのだろう? ハニーを殺した現場にも、墓場にもいなかったからだろうか? いや墓場はとにかく、「どっちだか」にダラスがいたかどうかなんてジョーが知るはずがない。そんなことをぼんやり考えながら、当のジョー・レアルの方へと視線を戻した。

 俺はぎょっとした。
 いつの間にか、モーティマーがライフルを構え、ほとんど目の前の距離でジョーの眉と眉の間を狙っていた。
「──お前に、聞きたいことがある。頼むから、正直に、答えてくれ」
 モーティマーは鈍く光る目つきで、ジョーにそう言った。
「さっきからちゃんと答えている。嘘はついていない」
 ジョーはライフルの先や引き金ではなく、モーティマーの顔を見てしっかりと答えた。怯えても恐れてもいなかった。
 何かの拍子に張り裂けてしまいそうな空気が満ちていた。モーティマーが何を聞くつもりなのか、何を話すつもりなのかだいたいわかっていたのに、俺はそれを止めようという勇気が出てこなかった。
「…………お前は、俺たちを罰しに来たのか?」
「違う、と言ったはずだ」
「じゃあお前は何なんだ? 悪魔か? 死の天使か?」
「どっちでもない。俺はジョー・レアルで、それ以外の誰でもない」
「……お前は、俺たちのやったことを知っているか? わかっているのか?」
「わかっているつもりだ。お前たちは仲間を殺した。嘘を広めた。そして俺の名を騙って──」
「そうか、わかった」
 モーティマーはジョーの言葉を途中で止めた。
「じゃあ、俺のやったことは知っているか?」
「……お前のやったこと?」
 そこでジョーは、またかすかに人間らしい表情を見せた。ほんの少しだけ困惑したような顔つきになった。
「そうだ、俺のやったことだ。俺一人がやってきたことで、お前とはまるで関係のない、俺だけの罪のことだ」



●101
「…………俺に関わりのない、お前のやったことは、知らない」
 ジョーはそう答えた。
「……ハッ!」
 モーティマーは苦しそうに笑った。ひきつった笑みで顔がいっぱいになった。
「てっきりそのことで来たかと思ったんだがな! 俺の取り越し苦労っていうやつだったのか? しかしお前は……じゃあ、何をしに来たんだ?」
「俺はただここに来た。何かをするために来たんじゃない」
「…………お前にはこれが見えるか?」
 モーティマーは右手でライフルを支えながら、左手でコートの裾をつまみ上げた。
「これだ。ここにくっついている……これを引っかかっているモノが見えるか?」
「………………」
 ジョーは暗がりの中の裾をじいっと見つめた。得体が知れなくなってもなお、ジョー・レアルの生真面目さは変わらないらしかった。
「何も見えない。ただの……コートだ」
 ジョーは見えたままを答えた。俺の見えたものと同じだったし、ウエストにもブロンドにもそう見えたはずだった。ただの、コートの、裾。何もくっついていない──
「そうか…………ハハハ、そうか……お前にも見えないのか……じゃあ、どうしようもないな……! お前に聞けばどうにかなると思ったんだが……!」
「どうしたんだよ、モーティマー」とウエストが困惑しきって割り込んだ。
「お前には関係ないことだ。俺にしか関係ないことなんだ……俺にしか……」
 銃を構え直したモーティマーの目元に、涙が浮かんでいた。それが苦悶の涙であると、俺だけが知っていた。
「もうふたつだけ答えてくれるか?」
「あぁ」
「お前は、死にかけたことがあるか? 意識が遠のいたり気を失ったり……そんな風に本当に死にかけたことはあるか?」
「……ある」
 ジョーのその一言には、強い実感がこもっているように聞こえた。
「じゃあ、その時に──『あの世』は見えたか? 天国か地獄か知らないが──とにかく、『あの世』は、あったか?」
 今までよどみなく答えていたジョーが、この時はじめて口ごもった。
 俺は奴の横顔を見た。戸惑いでも怒りでもなく、そこには不意を打たれて心動かされたひとりの男の顔があった。
「……見えなかった」
 ジョーは哀しそうに、確かに哀しそうな声音で、そう答えた。
「だから……俺にはあの世があるかどうか、わからない」
「そうか──」
 モーティマーはライフルを下ろした。
 それからごく自然な動きで、銃口を自分の頭に向けた。
「じゃあ、自分で確かめることにする」
 俺は数秒、強く目をつぶった。事情も何も知らない、モーティマーが抱えていた闇を知らないウエストとブロンドが一緒に叫んだと同時に銃声がして、奴の身体が倒れる音がした。
 目を開けた途端にすさまじい咆哮が耳をつんざいた。ウエストが椅子を振り上げてジョーに襲いかかっていた。

【続く】

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。