【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 98&99
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ダラスは5、6歩ほどしか離れていないジョーの、顔のあたりに狙いをつけた。
声は冷静だったが、その額にはどろりとした汗がいくつも浮いている。
「なにしてるんだよ」
ウエストが震える声で言う。
「ダラス、何を思いついたのか知らないが、それは……」
そこまで告げてブロンドが絶句する。
俺は奴の意図がはかりかねて一言も口に出せなかった。モーティマーも口をつぐんでいたが、頬が硬くなっている。奥歯を喰いしばって、ダラスの姿を見ているのが見てとれた。
「まぁまぁ皆さん、見ていてください。たぶんこれで……」
ダラスはためらいなく、引き金を引いた。
──かちり。
空っぽな音が沈黙の中に跳ね返った。
……カラだった。
「なるほど、まぁそう簡単にはいきませんね。なるほどなるほど。じゃあ今度は、私の番ということで」
ダラスは撃鉄を起こして弾倉をジャラッ、と回した。それから手の平で押さえてその回転を止めると──
そのまま銃口を、自分のこめかみに当てた。
「お前っ……!」
俺は思わず声が出た。それとほぼ同時にウエストとブロンドが「おい!」「やめろ!」と叫んでいた。モーティマーも口を開くだけは開いたが、言葉にならなかった。
「大丈夫です。大丈夫ですよ。これが正解……というか、正解への正しい道なんですよ。そうでしょう? ジョーさん?」
ダラスはまっすぐにジョーを見つめながら言った。ジョーは表情もなく、動きもなく、ただまっすぐにダラスを見返していた。
「だんまりならだんまりでいいんですよ」
ダラスの声色は夜の森みたいに静かで冷たかったが、それに反して顔面には脂汗がべっとりとにじんでいた。肉で二重になった顎から、その汗がぼつり、ぼつり、と板の床に落ちる。
「これを繰り返していけば、私かジョーが死ぬんです。仮に私が死んだとしても、次はセルジオがやればいい。それでもダメだったならモーティマーがやって、それからウエストがやって、最後はブロンドが……やる順番はどうでもいいですが、いやいや、全員でやらなくても、ジョーは倒せるでしょう。まぁ悪くても、3人目くらいには」
「ダラス」
俺は危険な熱を帯びていく奴の言葉を抑えるように静かに声をかけた。
「やめるんだ。そんな博打みたいな、命がけの博打みたいなことはやめろ。どうなってるのか気づいたとか言っていたが、お前……お前……正気じゃないぞ」
「私は正気ですよ!!」
ダラスは目だけを俺の方に向けた。銃口はこめかみに当てたままぴくりとも動かさず、目と口元だけが動いた。
「同じ顔の生首だらけで、生首の本人がやって来て、仲間がひとり毒を飲んで死んだ、この状況は確かにまともじゃあない、あなた方も度を失っている、でも私は恐怖しながらもね、考えていたんです、そしてひらめいた、解決策を思いついた、6発のうち3発、これこそが解へとつながる公式なんですよ、いや、私は今、ペンを持って答えを書いているところです、大丈夫です、理性がこれを導いたんです。私は正気です。理性を持っている。だから、やるんですよ!」
拳銃を扱いなれていない人間の性質として、ダラスは力んで握るように引き金を引いた。
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──かちり。
また、カラの弾倉だった。
もはや汗みどろになった顔面の真ん中の鼻の穴から、ダラスは荒く息を吹き出しまた吸い込んでいる。
「ああ……恐ろしい……しかし、『生きている』という感じがしますね!」
そしてまた撃鉄を起こし、弾倉をジャラッ、と回す。
俺はそのダラスの目を見た。確かに狂ってはいない目だった。
興奮はしているが、理性が宿っていて、自分は正しい道を歩んでいると確信している目だ。
だがこんな、生首が106つあり、その生首の本人が現れ、そいつが実のあることを何も言わぬうちに仲間の1人がわけのわからない不慮の死を遂げているこの状況。
この状況においてまるっきり理性的で、あるいは論理的で、もしくは正解にたどり着いたと思っていること。
それ自体が、狂っているのではないだろうか?
「じゃあ、ジョーさん、次はあなたですからね? いきますよ?」
まるで事務的な口調で告げてから、ダラスは銃をジョーに向けた。
ジョーは無表情で、まだ動かないままだったが、その時たった一言、ダラスに向かってこう言った。
「正解も不正解もない」
ダラスの小さな目がグッ、と見開かれた。
「じゃあ、試してみましょう」
ダラスは三たび、引き金を引いた──
途端に、耳慣れたような炸裂音がダラスの拳銃から発された。
火薬のはぜる音だった。しかし銃弾が飛び出た時の音ではなかった。
ジョーはそのままの姿勢で、さっきと変わらずそこに立っている。
「ぐ…………! ああっ…………!」
ダラスの手が、引き金を引いた右手が、グチャグチャに破裂していた。
床に、変形して紙クズのようになった拳銃が落ちている。
──暴発したのだ。
奥方を殺してから2年、たぶん手入れをしていなかったからだろうか? いや、しかし、このタイミングで──
「クソッ!! ふざけやがって!! クソッタレめが!!」
俺の思考はその罵声でかき消された。ダラスはいつぞやよりもさらにひどく、聞いたこともないほどに毒づいた。
「これが正解のはずなのに!! どうしてこうなるんだ!!」
「──言ったはずだ」
目の前の光景に動ずることなく、ジョーが平べったい口調でそう言う。
「正解も不正解もない。俺は何もしない。ただ、起きるべくして起きることが起こるだけだ、と」
「クソッ!! 痛ぇ!! ちくしょう!! クソ野郎!! クソ野郎どもめ!! お前ら、お前らみんな地獄に行っちまえ!!」
潰れた右手首を押さえながら弱々しく立ちあがり、クソが! とジョーを一言罵倒してからその脇をすり抜けた。ジョーはそれを止めるどころか、視線すら送らなかった。
「クソどもめ! こんなことになるんだったら銀行員をやってりゃよかった!」
ダラスは血のドボドボ吹き出る右手に、使い古したハンカチを左手で苦労して巻きつつ押さえ、出入口に歩みながら痛罵し続けた。ジョーを、俺たちを、俺たちの稼業を。
「何が自由だ! こんな……こんな……手が……! オレがどんなことをした!? ちくしょう! もう自由も銭勘定も悪党も御免だ!! くたばっちまえ!!」
あまりにもみじめな姿だった。近寄るどころか声もかけることもできなかった。
俺たちはただ、その遠ざかるみじめな後ろ姿を見送ることしかできなかった。
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