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【怪談】ともだちの実家

 大学に通っていた頃、同じゼミをとっていた、篠田(仮名)という男から聞いた話。 

 自分は怖い話が好きで、高校の頃から友達や親類に隙あらば、怖い体験はないか、不思議なものを見たことはないか、と尋ねて回っていた。
 その一環として、ゼミで知り合った彼にも聞いてみたのである。 

 篠田は、話は上手くないが、複数の怖い体験をしていた。以前書いた、
〈学校の運動場に黒いゴミ袋が舞っていると思ったら……〉
 なども、彼が提供してくれた話である。


 心の奥にしまっておいた怖い話を一気に語ったことで、気持ちが軽くなったのだろうか。
 こちらが変に意見や解説を挟まず、とにかく怖いねぇ、すごいねぇ、と感心していたこともよかったのかもしれない。
 客の少ない、日も傾きかけた4時前の、学食の隅っこだったのを覚えている。
 恐怖譚を4つばかり語ってくれた後、彼はうぅん、と少し悩むようなそぶりを見せた。
 どうしたの、と尋ねると、この際だから話しておきたいヤツがあるんだよ、と答えた。
 心にトゲが刺さってるみたいな感じの体験でさ。どうせなら今日、この流れで教えちゃってもいいかな、って。
 彼はそのように言うのだった。 
 
 ただ。

「これを話すと、ちょっとよくないかもしれないんだよね」 
「えっ、それって祟りとかオバケが来るとか、そういう?」
「いや、そうじゃないんだけど……」

 彼は首をかしげて、腕を組んで、しばらく唸っていた。しかし意を決したように、こう切り出した。 

「これ、うちのばあちゃんから小さい頃に聞いた話なんだけどね。俺の実家ってけっこうな金持ちでさ。庄屋? 地主とか?
 土地も広いし、屋敷の中も広いし、あと庭に蔵があったりするんだよ。よく友達と家で遊んでたんだけど、小四の時のある日、




 ばんっ。




 我々が座っていたテーブル席、すぐ後ろのガラス窓が、いきなり叩かれた。
 驚いて振り向いたが、そこには誰もいない。緑豊かな中庭が広がっているだけである。鳥や虫がぶつかった形跡もない。
 平手で一発、叩いたような音だった。


「ダメかなぁ」
 篠田が呟くように言うのが聞こえた。
 それってどういう……と聞こうとした直前、テーブルに乗せていた彼の携帯電話がぶるぶると震えた。
 折り畳みのそれを開いて、「あーごめん、実家から」と断ってから、彼は電話に出た。

「うん、ごめんごめん」
「あぁ、そうなんだ」
「大丈夫大丈夫、もうやめとく」 

 そんな短い会話で電話を切り、私の方に向き直った。そして言った。
「ゴメン、やっぱり無理みたい」 
 ……どういうこと? 
 腰が引けたまま言うと、彼はまた首をかしげて、腕を組んだ。
「話そうとするとさ、絶対こういうのがあるんだよね。あと実家でも変なことが起きるし」

 …………もしよかったら、いま実家で何が起きたのか、教えてもらえる?
 おずおずとそう尋ねてみた。
 すると彼は、静かに首を横に振った。 

「それもダメだと思う」

 彼から聞き出せたのは、そこまでだった。





 ──実を言うと、学食のガラス窓が叩かれたのは、もうちょっと後のことだった。
 導入が終わり、不穏な出来事が少しあって、話が本題に入りかけたその時に、「ばんっ。」と叩かれたのである。


 自分が聞いたその本題までの流れを、ここに書くことはできない。
 それを書いてしまうと、なんとなく、彼からいきなり連絡が来るような気がするからだ。たぶん書いて、アップロードして、30分と経たないうちに。
 彼はいま家業を継いで実家に戻っているそうなので、なおさらである。
 それゆえ、ほとんど何も語っていないような、導入の導入までしか書くことができない。
 おそらくここまでならば大丈夫であろう、という希望的観測ではあるのだけど。


 大変申し訳ないのだけれど、世の中にはこういう奇妙なこともあるのだと、納得していただきたい次第である。







【終】





★本記事は、だいたい実話と言える感じがある怪談です。ツイキャス「禍話」とは一切関係なく、オリジナル百物語「百談」とは、関係があります★



★よく似た話をあなたが見聞きしたり、あるいは体験していたとしても、スルーしておいてください★ 


★★本記事はカクヨムで開催された、「第一回 川辺の創作怪談会」応募作を、一部改訂したものです★★

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