【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 11&12
●11
若い黒人はしつこく、しつこく、しつこく、ずっと相手の顔面をブチ殴り続けたのだ。
信じられない体力と暴力だった。長年、樽の中に少しずつ溜められて発酵していた怒りが、一気に爆発したようだった。
元からぶよついていた白人の顔面はパツパツに腫れ上がっている。その顔をまだ黒人は、最初と変わらぬ力強さで叩き続けている。
タフな西部の男たちも人間だ。残忍なショーが好きとは言えどここまで来てしまうと乗りきれない。観衆の熱気が引いていくのがわかったし、俺ももうやめてほしかった。
俺は前に進み出た。ブロンドもそれに続いた。
後ろからトゥコの「おーい、やめとけよぅ」という声がした。
馬乗りになっている黒人の肩を掴む。おい、もうやめときな、と肩を引くと、相手はこっちを向いた。
若い黒人は息もあがっていなかった。汗もほとんどかいていなかった。
俺はゾッ、とした。
黒い顔の中に、真っ白い目が一組、下弦の月の形で細く光っていた。
その白い月の中で、やたらに小さくなった黒目がぶるぶる痙攣していた。
人の顔でも、動物の顔でもなかった。恨みにとりつかれた、亡霊の顔をしていた。
「殺すんだ」黒人はうめくように言った。「俺はこいつを殺すんだ」
「……本当に死んじまうぞ。そうなりゃお前はまずい立場になる」
ようやくそう口に出た。黒人は俺たちの顔と、パンパンに膨れた白人の顔を交互に、何度も何度も見てから、何かをあきらめたみたいに静かに立ち上がった。
そのままのしのしと、馬用の水飲み場に歩いていった。
あまりの迫力に、誰もがなんにも言わなかった。黙ってつっ立っていた。
●12
黒人は拳を、水の貯めてある半分に切った樽につけ血を洗い流す。それから文字通りに「頭を冷やす」ためか、頭を突っ込んだ。
まだ怒りを出しきっていなかった黒人は、顔を逆さにしたまま一言だけ吠えた。本当の獣のような咆哮だった。
純粋に、興味が湧いた。とんでもない奴だ。
しばらく「頭を冷やした」黒人に、俺とブロンドは近づいていった。頭を上げた若い黒人の目はまだ半月の形だったが、人の目には戻っていた。
お前、どこの者だ、と尋ねると、旅の途中だと言った。
「いろいろやらかして、南からこっちに逃げてきた。でも俺は犯罪者じゃない。犬や豚、そういう扱いだったから、やっただけだ」
家畜みたいな扱いを受けた、という意味だろう。
「カウボーイにでもなればいいじゃないか」一時期牛を追っていたらしいブロンドが進言する。「最近は黒いカウボーイも増えてるらしいぞ」
もっともな意見だったが黒人は首を振った。「ダメだ。一度やってみたが、俺は牛とか、動物相手だと、その、すごく、腹が立つ……馬は言うことを聞いたが、牛が…………」
ほう、と俺は思った。
怒ると危険だが、体力がずば抜けてあって、馬にも乗れる、若い男。俺たち3人よりもずっと年下。
いい条件じゃないか?
「……じゃあ俺たちと一緒に来ないか。俺たちもその、『流しの仕事』をしてて、人手が足りなくてな……悪いようにはしない」と俺は言った。
こういう若い奴が俺たちには必要だった、肌の色はどうでもいい。こうあからさまに言っちゃ悪いが、ちょいとした雑用仕事を気軽に頼める年下の野郎が欲しかった。俺もトゥコもブロンドも、そういうことをやるには気位が高すぎたのだ。
若い黒人はじろり、と俺たちをにらんでから条件を出してきた。それも、2つ。
「肌は関係なし。お前らとほぼ同じだ」
仲間になるならほぼ同等の関係、という意味だろう。
まだ興奮しているせいもあろうが、こいつは言葉や表現をあまり上手く使えないようだった。
俺たちへの不信感をたたえた目つきで、黒人は続けた。
「それから──俺に何か頼むとき、呼ぶようなときは、“下っ端”と呼べ」
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