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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 13&14

【前回】

●13
「……なぜだ? 同等に扱うんじゃないのか?」
「違う。違う」
若い黒人は首を振った。
「忘れないためだ。俺は、本当は、他の奴らとは、同等じゃないって。させられてきたことを、絶対に忘れないためだ」
 ……どうやら相当にねじくれてしまっているようだ。もっとも、向こうで黒人として、ひどい扱いを受けて生きてきたのなら仕方のないことなのかもしれない。

「お前、名前は?」俺は聞いた。
「知らない。ない。『黒いの』とか『青いシャツの黒いの』とかしか、呼ばれたことがない」
「名前が必要だな」ブロンドが言い、俺もそうだな、と同意した。
「だから、“下っ端”でいい」
「あだ名としてなら使ってもいい。だがあくまであだ名だ。それがいつもの呼び名じゃあな、俺たちは金持ちや奴隷屋どもと同じになる。お前もそういう立場のままになる」俺はぴしゃりと言った。
「名前だ。お前にはちゃんとした名前が要るんだ」
 若い黒人は胸を強く叩かれたみたいに大きく目を見開いた。

 さて、と俺とブロンドは名前にふさわしいモノを探して、殺風景な村を見回した。しかしめぼしいものはなんにもない。困った村だ。
 ふと、あっちで倒れている男の姿が目に入った。こいつが死ぬほど殴りつけたガンマン失格、西部の男失格の野郎。
 殴られ過ぎて顔が3まわりほど大きくなっていた。一人じゃ起き上がれないらしく、仲間か誰だか知らない男どもに助け起こされている。生きてはいるようだが、あまりに情けない姿だった。

 ……そうだ。

「“ウエスト”はどうだ?」俺は黒人に言った。
「お前がぶん殴ったあの野郎よりも、お前はタフで、銃に立ち向かうバカな根性があって、『西部の男』に近い。だから、“ウエスト”だ。どうだ?」  
「格好よすぎやしないかな?」とブロンドは首をかしげたが、「反対はしないが」とつけ加えた。
「“ウエスト”か」黒人は──ウエストははじめて、瞳に明るい色を輝かせた。
「そりゃあいいや!」白い歯を見せて、はじめて笑った。

「…………なんだ? どうした? どうなってんだ? 俺様がいないうちに、どんな話を…………」
 トゥコがおっかなびっくりな表情でやってきた。



●14
 …………振り向いた瞬間のあの顔つきと、最近の顔つきとはまるで別人だ。
 いまのウエストの顔は、目が丸く、口は大きく、おおらかになった。表情が2年前よりもずいぶんと柔らかくなったし、昔はパサついていた皮膚すらも湿り気を含んでいるように見える。
 ただし今は、恐怖からにじむねばっこい汗で、顔が濡れたようになっていた。

 “下っ端”のウエストは、「ヘンリーズ」の奥にあった20ばかりのランプをカウンターに並べていく。俺たちが買うなり盗むなりして取っておいたものだ。
 もう室内は闇に呑まれつつあった。

「首か、また来たよ……」夕闇に包まれていく外に目をやりながら、ダラスが声を洩らした。
「……あぁ……」ウエストもうんざりしたように首を振りながら、ランプに火を入れていく。
 まずカウンターのあたりだけが煌々と明るくなった。

「正直な……俺はもう、やりたくないんだ」俺は呟いた。
「首を全部確認したのは俺とトゥコとブロンドだ。106……いや212だ。それを全部見たんだぜ。二度確認した首もある」
 モーティマーがため息混じりで言う。「……仕方ない、お前らはジョーを幾度も見てる」
「そう、私たちはせいぜい1回しか見てないんだ。だから次のも、私らじゃなく、その……」ダラスがハンカチを出して、禿げ上がってテカテカ光る額だか頭を気まずそうにぬぐう。
 口を開く順に合わせるみたいに、俺、モーティマー、ダラス、のそばに、ウエストが1つか2つずつランプを置いていく。
 それぞれの顔がぼんやりと照らし出されるが、一様に汗ばんで、青い色をしていた。俺の顔もきっとそうだったろう。
 その明かりの中にちらちらと。あるいはぼんやりと、首が浮かび上がった。
 俺の座っている椅子の前。そこにも野菜用の袋に入った首がひとつ……いやふたつ。
 向こうの明かりのそばにもふたつ、あちらにはよっつ、今ウエストがランプをかけた壁の下には、5つか6つか…………
 3分の2ほどは袋や箱に入っているが、あとの首は俺たち3人が再確認した時に出したまんまになっている。とても直視できない。
 生首になって多少人相は変わっているようだが、どれもこれも確かにあのジョーだと思える。顎、眉、目、鼻。「どっちやら」や、あの墓場で見たジョーの顔だ。
 ものによって目を閉じたり半分開いたりしているが、不思議とくわっと完全に開いてるのはない。唇から血が流れているのもある。どれもこれもがジョー・レアル。俺はまぶたをギュッとつむった。やっぱり悪夢としか思えない。
 袋に入っているやつだって、一度はちゃんと中身を確かめたのだ。粘土かなんぞで作ったものではない。触ったからわかる。匂いでわかる。本物の生首だ。

 と突然、「俺様はな!!」とトゥコが立ち上がって激昂した。

【続く】

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