【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 9&10
●9
…………廃屋のバー「ヘンリーズ」のドアの向こうから「こんばんは」と声がしたので外を見れば、もう夜がひたひたと迫ってきていた。
「ジョー・レアルの首を買ってくれるってのは……」と言い継ぐやけに穏やかな声を聞いた瞬間、俺にとって幸か不幸か、恐怖の糸がプツン、と切れた。そしてうんざりした気分へと移行した。投げやりとも言う。ヤケクソってやつかもしれない。
いま持ち込まれそうになっている首が偽者のなら、106は106のまま。それでよしだ。
で、またそれがジョーの首だとしよう。で? 106つが107つになったからって、なんだってんだ?
俺はもはや開き直って外の男を無視して、ウエストに声をかけた。
「“下っ端”、暗くなってきた。悪いんだが器用なとこで、奥の何個だかあるランプをつけて、そこらに置いていってくれないか」
「……わかった」
──ウエストの“下っ端”とは、あだ名である。本人が「そう呼んでくれ」と言ったのだ。
ウエストは若い黒人だ。チリチリ頭で目がでかい、ついでに言うと体もでかい。年齢は本人にもわからないらしいが、たぶんジョーよりも年下で、十代後半だろうと思われた。
こいつはある村で自分を侮辱したらしい白人をボコボコにぶちのめしているのを俺たちが止めたのが縁で、仲間になった。
宿屋の前の、開けた場所だった。 昼の12時ちょうどで、太陽がじりじりと暑かったのを覚えている。
ウエストはずいぶんと我慢していた。身ぶり手ぶりも添えてねちっこく白人から何か言われていたようだが、それらの言葉もぶちのめす引金になった言葉も、かなり離れていた俺たちにはよく聞こえなかった。が、想像はできる。誰でもできる。何せ白人と黒人だ。
先につっかかったのも白人の方だったし、先に銃を抜いたのも白人の方だった。というか、ウエストはまったくの素手だった。
●10
向こうが素手で来たんならこっちも素手でやるべきだ。それが西部のお定まりだ。ところがそいつはウエストが突撃してきた瞬間、あろうことか銃を抜いたのだ。これは、「男」じゃない。
しかも、こいつはひどいヘボ野郎だった。ウエスト……いや、その「若い黒人」を、撃ち損じたのだ。それも5歩もない距離でだ!
男じゃない上にヘボな奴に銃なぞ持って欲しくないし、同じガンマンとしてはそういう奴に肩入れなどしたくない。
とは言え撃ち損じたその瞬間を俺は見ていたので、理解はしたくなる。ただし同情はしない。
最後の侮辱の直後、激昂した若い黒人は12歩をたったふた足で飛んだのだ。
ひと足目でもう6歩の距離に詰めていた。白人には奴が虎のように見えたろう。あわてた手つきでホルスターから銃を抜いて撃ったかと思ったら見事、自分のすぐ足元の地面に命中していた。地中のミミズくらいは殺せたかもしれない。
次弾を発射する前に、若い黒人の拳が男の鼻に命中していた。スッキリするぐらいの見事なブルズアイだった。
ガンマンもどきがのけぞるのと合わせるように今度は腹に一撃。これも強烈だった。口から酒場で飲んだのであろう液体をビュッと噴き出しながら身体が後ろにスッ飛んだ。
「あいつ、やりやがる」俺は感嘆していた。
「完璧な連撃だ」ブロンドも顎に手をやっている。
「おっかねぇなぁおい」トゥコは俺たちの間から覗いていた。「黒いのってのはいざ怒るとおっかねぇや」
黒人はぶっ倒れたガンマンもどきにのしかかり、強く握った拳でボコボコと顔面を殴る。
若い黒人にとってはここが南側の村じゃなかったのも幸いした。もうちょっとあっちの村だったら、どうなっていたことやらわからない。
ガンマンもどき側のあまりの無様さに周りの荒くれ者も「黒人風情が!」と怒る野郎はおらず、むしろ「もっとやってやれ!」とあざける声が多かった。「そいつなんざ西部の男じゃねぇ!」と。
ところが、だ。
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