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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 23&24

【前回】

●23


 …………………………。


 結婚!!
 義賊だか何だか知らないが! 
 盗っ人が! 結婚!!

 話を聞いてきたトゥコが笑いながら「なぁ! 結婚だとよ!!」と言った。
「悪党がいっちょまえにか?」ウエストが腹の底からバカにした調子でなじりながら笑った。
「盗んだ金で盛大な結婚式でもあげるつもりか?」俺も久しぶりに笑いまくった。
 ジョーと、名前も顔も知らない女が、祭りにやってくる踊り子みたいな派手な格好で教会の中をしずしず歩いてくる様子が頭に浮かんでしまったのだった。俺がその空想を口に出すとトゥコもウエストもさらに笑った。
 モーティマーはしばらくあっちを向いてナイフを研いでいたが、俺が「ジョーの野郎がキラキラの服に、頭に潰れたシルクハットをつけて」と言った途端に吹き出した。
「バカ野郎! やめろ!」やめろと言いながら振り返った顔は笑っていた。「俺は今、大事なナイフを……」そこからは身をよじって、言葉にならなかった。
 あとの2人はあまり笑わなかった。
 元来のアウトローではないダラスは「へへぇ、結婚ねぇ! そりゃあ、面白いね!」と俺たちに合わせるようにお愛想で小さく笑っている。
 金より名誉より女が好きな色男のブロンドは笑うでもなく、怒るでもなく、顔をしかめて首をかしげていた。
 この男は昔からずっと、「ひとりの男がひとりの女と一緒になる」事態がどうも飲み込めないというか、理解できないのだった。

 ブロンドという奴はとにかくまぁ……体力がものすごい。
 行く先々で女と寝る。その人数が尋常でない。一晩に最低でも1人、普段は3人、多いときは5人をとっかえひっかえしてグルグルに回していた。トゥコが酒を浴びるように飲むなら、こいつは女を飲むようにむさぼっていた。
 ただし年齢のせいか、ここ1年ほどめっきり体力が落ちたようで、その数は多くても3人以下で安定していた。
 奴は俺たちの中で馬と女の乗りこなしが抜群に上手かったし、翌日に腰が痛いだの足が痛いだのとぼやいたり(その点、二日酔いの愚痴ばかりのトゥコとは大違いだ)、仕事に差し障りがあったこともないのだから、この年齢を考えれば恐れ入る。



●24
「その、泥棒野郎とケッコンして下さる奇特なレディはなんて名前なんだ?」俺はまだ笑いながら聞いた。
「あぁ名前なぁ! 何だっけな?」トゥコがまだ笑いながら答えた。「そうそう、ハニーって名前らしい、コロラドだかの娼婦でよ! ハニー・ウェルチ……」


 がたん、と椅子が倒れた。
 ブロンドが立ち上がっていた。
「あの顔」をしていた。堪忍袋の緒が切れかけた、あの顔。
 俺も含めてみんな笑うのをやめた。
 バーの中がしぃん、と静まり返った。

「ハニー・ウェルチと言ったか?」
 ブロンドが静かに言う。静かだったが、こめかみに青い筋が立っていた。
「ハニー・ウェルチと言ったか?」
 ブロンドはもう一度尋ねた。青い筋が濃くなって稲妻みたいにこめかみに浮き上がった。
 トゥコは罠に足を挟まれたウサギのような情けない顔で「……そうだ」と言った。まずいことを話してしまったことに今、気づいたのだ。俺も、ウエストも。たぶんモーティマーも、ダラスも。

「あいつは俺のものだ。俺が買ったんだからな」
 こめかみの稲妻はそのままに、眼球の中にも真っ赤な稲妻が走っていく。奴の中で怒りが膨れ上がって、目が充血しているのだ。
「4年前と、2年8ヶ月前と、1年3ヶ月前だ。3回も買ってやったし、寝てやった。俺がだ」
 テーブルに置いておいた、自分のお気に入りの黒い帽子を手に取る。それを両手で持って、しつこく、しつこく、消してしまいたいかのように揉んでいる。
「俺が買った女を、他の野郎が、『借りる』のはいいがな、だが、他の野郎に『買われて』、娼婦宿の外に、持っていかれるなんてのは、それは一体、どういうことだ? どういうつもりだ?」
 ブロンドの目はどこも、誰も見ていなかった。どこか遠くにいるジョーとハニーを目の前に幻視しているに違いなかった。
「殺してやる」
 ブロンドは帽子を手を止めて言った。獣の目をしていた。
「殺してやる。2人とも」

【続く】

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