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【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 21&22

【前回】

●21
 …………俺たちがジョー・レアルを狙わざるを得なくなったきっかけ。そもそもの因縁。それは去年のある日。まだ「ヘンリーズ」のドアが今みたいに壊れていない時期に持ち込まれた。
 トゥコがニヤニヤして鼻をひくひくさせながら「ヘンリーズ」に入ってきた。バカみたいなチョビ髭もひくついている。
 奴は町に酒だの食い物だのを買いに行っていたのだが、情報か噂かジョークを仕入れてきた様子だ。この顔つきから見れば、ジョークに違いない。
 ちびのトゥコはこの背丈にこの顔なので他人に舐められる。だが舐められるからこそ下手に出て、相手の懐に潜り込んで、様々な話を引っ張り出せる。
 酒の知識が豊富なのも強みだ。酒場に知っている酒が並んでいればどれが旨い酒で、どれが気分のふわふわする酒で、どれが記憶を失くす酒なのかを選べる。
 旨い酒でもてなして、ふわふわ酒で喋らせて、記憶を失くす酒で話したことを忘れさせる。これがトゥコのやり口だった。
 口と言えばこいつは口も立つのだが、まぁその話は後ででいいだろう。

 で、ニヤニヤひくひくするトゥコが、俺たちの顔を盗み見ながら買い物袋をカウンターに置いている。話を切り出す最高のタイミングをはかっているのだ。
 となればこれはジョークではなさそうだ。ジョークならこんな時間でなく酒の席や夜の寝る前にでも語る。何か面白い情報でも仕込んだに違いなかった。
「トゥコ、お前町で何か面白い話でも聞いてきたんだろ」俺は水を向けた。
「えぇ? 俺がかい? なんでまた?」
 トゥコはごまかしたが、鼻の穴が大きくなったり小さくなったりしている。話したくてウズウズしている証拠だ。
「顔に書いてある」
「へぇ! 何を聞いてきたんだい?」
 ウエストが椅子に座って待機する。離れて座っていたブロンドが顎をしゃくりながら大声を出した。
「トゥコ、そのツラは愉快な話を話したくて仕方ないツラだぞ。あのツラは何度も見たからわかる」



●22
 モーティマーは相変わらず無言で、使っているのを見たことがないナイフをスリスリ研いでいる、が、チラチラとトゥコの方を見るので気にはしているようだ。
「是非とも聞きたいねぇ」
 ダラスが椅子に座り直した。どれもこれも壊れかけの椅子だしダラスの体重だから、ぎしり、といやな音を立てた。
 いやぁなんのことやらさっぱり、と引き伸ばすトゥコに、「いいから我慢しないで喋っちまえよ。もったいぶるなよ」と俺は苛立ったふりをして言う。 
「へへへぇ、そうかい? ふふふ。そんなに皆さん聞きたいとおっしゃる。なるほど、そうですか、ははぁ」
「早く話せ!」俺は口に両手を当てて野次った。
 トゥコは髭をひとこすりして、手を揉みながらつらつらと話し始めた。
「こりゃあ、あたくしが買い物に出掛けました折に聞いた話なんですが、というのは、今日は仲間内で喰うパンも肉もなんにもない。あたくしの好きな酒もない。ついでに言やぁここ『ヘンリーズ』にゃあネズミが出るから殺鼠剤も要るしネズミトリも要る、必要なものだらけだ、こいつは出番だ、俺がやらなきゃならねぇ、ってんであたくしは仲間のため友人たちのため山を越え谷をまたぎ雷を避け雪をくぐって町へと……」
「おいいい加減にしろよ!」ブロンドが遠くから罵倒する。「お前はいつも喋りすぎる!」
 話を引っ張りすぎて白け気味になった場の空気を読んで、トゥコは中途を飛ばした。
「えー、この、お友達と来ていた農家のお嬢さんが、まぁやけに悔しがっている。ちょいと押すと倒れる棒っ切れみたいに心が揺れてる様子なもんで、あたくしが手練手管で、聞いてみましたらね!
『あんた知ってるかどうか知らないけどさ、私が惚れてたならず者のジョー・レアルが、結婚するんだって!』と言うんですな! 『ジョー・レアルが結婚する』と!!」

【続く】

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