見出し画像

【連載版】106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首 25&26

【前回】

●25
 それからが騒動だった。
「殺してやる」としか言わなくなったブロンドはくるりと反転して出入口に向かう。
「いけねぇっ! 違うんだよブロンドよぅ!」
 トゥコが走っていって、滑るようにブロンドの前に膝をつく。
「噂! ウワサ! 噂だからよぅ! そういきり立つなってよ!」
「そうそう、まだはっきりとはしないんだからな」俺もすぐさま追いついて脇に立ちなだめた。
「まぁ怒るなって!」反対側の脇に来たウエストも頑張る。
 ブロンドの足は止まらなかった。「殺してやる」も止まらなかった。
 このままでは相当な面倒が起きる。ジョーのことは気に入らないが、娼婦を奪った云々で殺し合いとなっては男が立たない。そもそも当のジョーがどこにいるのかわからない。このままでは暴れる牛を町に放つようなもんだ。
「ダメだ! おぉい、おめぇらも止めてくれ!」
 こいつの性質を知らないモーティマーとダラスはぽかんとしていたが、これは本当にまずいと気づいて空いてる部分にしがみついた。モーティマーは羽交い締めにし、ダラスはウエストの側から腰に腕を回してカブでも引っこ抜くように体重を後ろにかけた。
 5人でブロンドの体にすがりついたが、野郎は怒りから発するとんでもない力でゆっくりとながらずるずる進んでもう出口近くだ。
 端から見れば喜劇かもしれないがこっちは必死だった。ジョーとハニーを殺すだけならまだいいが、この調子で出かけていったら目につく人間全てに手を出すかもしれない。
 こいつがこんな状態になるのはざっと2年ぶりだろう。あの時はあっと言う間にベッドの中にいた男2人と女1人の手と足と喉を潰して終わっただけで済んだが。
 そう、こいつと出会った4年前も似たような状況だったな、と俺は右腕を懸命に引っ張りながら思い出していた。
 ついでに言うなら、こいつと出会ったのは奇しくも娼館のまん前だった。4年前、テキサスから出てきて幾つかの悪事を働きながらも、どうにもこうにも煮え切らなかった俺と最初に仲間になったのは、この性と所有欲のバケモノだった。



●26
 ネブラスカのなんとかいう町のなんとかいう娼館だった。どっちも覚えてないのは起きたことが強烈すぎたからだ。

 たとえば夕方、はじめての町を歩いていて、すぐそばに娼館があったとする。
 あぁここは娼館か、店名はなんだろうなと看板を見ようとしたら、2階からガラスとマットレスが落ちてきて、マットレスが目の前で「ゲェッ」「グエッ」と言ったらどうだ? それ以外のことは忘れちまうだろう? 俺に起きたのはそういうことだった。
 もちろんマットレスは「ゲェッ」とは言わない。「グエッ」とも言わない。そう言ったのはマットレスに乗っていた男と女だ。安くて薄い代物だったからろくに衝撃を吸収しないようだった。
 パンツひとつの男と、黒いブラに黒いガーターつきのパンティ姿の金髪の女。その2人はうめいて起き上がろうとしたが、腹でも打ったのかすぐには動けないようだった。
 俺は起きていることがさっぱりわからなくて口を開けて驚くばかりだった。コトが激しすぎて、窓際のベッドからずり落ちたのか? そんな考えまでよぎった。
 ふと気配を感じて、上を向いた。
 2階の窓から、すごい目つきをした男が覗いていた。いやもう窓はなく、ガラスの破れた窓だったものの枠がかろうじてぶら下がっているだけだった。
 男はマットレスの方をまじまじと見つつ、下界の全員にも気を送っていた。そのすごい目つきによって「触るなよ」という命令を、通りにいる全員に送っていた。 
「あんた……ちょっと……」
 女が息も絶え絶えに声を出した。
「あんた……助けてよ……」
 誰に言っているのかと思えば、女は俺の顔を見ていた。俺に、このセルジオに向かって。
 濃いめのアイラインに厚手の化粧。正直キツネみたいな尖った顔はあまり好みではなかった。
「生きているな?」
 再び上から声がしたので見上げる。この調子だと首を痛めそうだ。
「生きているな?」
 男はものすごい目つきのままもう一度繰り返した。それから窓だった穴から離れて室内に姿を消した。

【続く】

サポートをしていただくと、ゾウのごはんがすこし増えます。