水煙草。
「あなたの痛みを、忘れさせてあげる」
水煙草の煙を吐き出す君は、まさに魔術師だった。君と会話を交わしささやかな施しを受ければ、心身の痛みは煙とともに立ち消え、君という存在に陶酔することができた。何にも盲目になったことがない人でも、君の前では無力だった。君の含蓄に富んだ言葉は鼓膜に受肉し、洗練された仕草は虹彩に呪いをかけた。
「……今日は、いないよ」
何人の客が君の為に懊悩したのかを数えてもきりがない。私がこの店を開いてもう5年程になるが、君と二度とは逢うことが叶わない現実を受け入れるために、足繁く通いつめる客が後を絶つことはない。君は魔術師でもあり、呪術師でもあった。苦しみと引き換えに、愉しみの可能性を与える現実主義者だった。
「……今日はいないよ」
私が毎日吐き出す煙の先にも、もちろん君はいる。私はエキゾチックな音楽に傍耳を立てながら、君のことをいつも考えている。