スーツ。

スーツには時間が絡まっている。襟に腕を通した瞬間、僕はその分歳を取った。あまりにも長く、あまりにも等身大な時間だけ、僕は歳を取った。


「当たり前みたいに」

僕は今も、卒業式の日だけ親しく彼女と話せたのか、理由が分からない。

「みんな社会に出ていくんだね」

「当たり前だからじゃないかな」

 彼女は新種のホモサピエンスを不思議がるみたいに、僕の顔を覗いた。

「本当に、そう考えてるの?」

「多分……いや、今のところ」

ゼミの送別会も事も無げに消化した後、僕は彼女を部屋に招いた。家具以外はダンボールに押し込んでいて、広く感じたことを憶えている。


歳を取った僕は思い出を慈しむことしか出来なくて、それが当たり前みたいに日常を消化している。スーツは人を着飾らせるからきらいだ。でも、そうは言っていられないほど、僕は心臓を動かしたのだ。


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