AM.5.57。

時刻の組み合わせは1416組もある。0~23時(24個)×1~59分(59個)=1416。たくさんの組み合わせがあるけれども、時刻は悠々と流れていくから印象に残る時刻というものは余り多くはない。概ね、ゾロ目を信仰対象とした縁起教徒か、何か象徴的な出来事に時計が与している場合かのどちらかだ。

AM.5.57。僕はこの時刻を見る度に、一人の女性の裸体を思い出す。彼女は青かった。彼女は輪郭よりふくよかだった。画家が写実的に描くことを躊躇うような、蓋然的な魅力を孕んだ人だった。肉体的に充足された夜は他にもある。しかし、僕の脳裏に棲み着いているのは彼女と過ごした、たった一晩の夜である。いや、一晩と呼ぶのには余りにも短い、明け方の混沌だ。僕と彼女はマドラーで掻き混ぜられたみたいに、その3時間を過ごした。僕は6時台の新幹線に乗る用事があって、せかせかと準備をした記憶がある。

AM.5.57。僕が部屋を出る瞬間に、デジタルウォッチが指し示していた時刻。それは、意味を持たない1/1456であるはずだ。しかし、僕はこの時刻を見ると(あるいは見ざるをえない状況に陥ると)、彼女と過ごした記憶が語りかけてくる。あるいは、クオリア -彼女の彼女らしさ- を時刻が組成しているのかもしれない。

眠りを放棄した朝方、僕はまた彼女の裸体に思いを馳せた。


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