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ヨロイのマイクロ連作

「ネオンの虎」

1.
いよいよ王は狂い、ネオンカラーの虎を国中に放つ。春めいてきたから、というのがその理由だ。昼、虎たちは出歩く国民を噛み殺し、気ままに喰らった。夜には多くの虎は眠るが、その身体は鮮烈な光を放つ。無発色の虎は変わらず檻の中で過ごし、きらびやかな夜のせいで不眠症になった。

2.
長雨が続くうち、ネオンカラーの虎たちはしぼみ始めた。雨の度、小さくなっていく。それでも光を放ちながら、国民を襲う。ある時点から虎は狩られる立場となった。多くの輝く虎たちは殺される。射られ、殴られ、斬られる。やがて完全に雨が止んだ夜、珠のような光の欠片が闇に揺れた。

3.
生き延びたネオンの虎は手乗りサイズにまで縮んでいた。捕獲された何頭かが他国へ売られていく。季節は移ろう。いつの間にか王は消えた。以前のように、夜はうす暗闇に覆われる。それは圧倒的な静けさも伴う。檻で暮らす無発色の虎は身体つきに変化もなく、やはり眠れないままだった。

4.
そこは雪深い地域だった。住民は初めて虎を見る。その生き物はネオン色に発光し、ネズミの仔ほどの大きさだ。実際に触れ、手のひらに乗せる。人々は心からそれを愛でる。虎が小さく吠える。わずかに覗く喉の奥はこの世の何ものよりも紅いが、光に照らされない限り、その色は見えない。
                              〈了〉


「蝋城」

1.
目覚めると枕元に蝋細工の小さな城があった。濡れた表面から唾液の匂いがした。乾くまで待ち、薄い水色の城に火をつける。肉の焼ける匂いが漂い、ささやきに近い悲鳴が聞こえる。城は溶け切り、ゆっくりと固まる。言いようのない形だけれど、わたしはそれを「無謬」と名づけた。

2.
また城を吐き出していた。前と同じ形かどうか、自信はない。隣で男が横になっていた。王だと名乗った。わたしは蝋の城を燃やす。男は泣き叫びながら部屋から出て行く。固まった水色の無謬をゴミ箱に捨てる。それが処理場で再び燃やされる様子を想像して、わたしは静かに泣いた。

3.
徐々に城が白くなっていく。王を名乗る男は現れない。夕方、乾いた蝋の城を燃やす。青い草と焦げ茶色の土が混ざったような匂いがする。城から煙が上がる。悲鳴は聞こえない。ゆらめく炎に手を近づける。熱さは感じず、ただくすぐったい。掌を舐めるとあまりに快くて声が漏れた。

4.
蝋の城は透き通っている。これが最後だと確信する。隣に女がいた。わたしにそっくりだけれど、ぶくぶく太っている。手に城を乗せる。燃やして、と女が言う。無視して城を飲み込む。女が一瞬で消えた。苦みが口に広がる。万歳、万歳。小さな声がいつまでもわたしの喉を震わせた。
                              〈了〉



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