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【読書感想文】原田マハ「モダン」

※ ネタバレ注意

・私は今、六本木蔦屋書店のバーカウンターの一席から、MOMA ー ニューヨーク近代美術館に遠く想いを馳せている。

・つい先程読了した原田マハの「モダン」。この作品は世界の美術関係者、とりわけ近代美術に造詣のある人々の憧れであるMOMAで働く人々を描いた短編集である。

・まず最初の編は「中断された展覧会の記憶」。アンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』がNYCと日本・福島を渡る物語である。2011.3.11。日本に住む私たちが忘れることなどできない日に、福島にいた『クリスティーナの世界』を展覧会ディレクターの杏子が上司からの指示で取り返しに行く話だ。

・悲惨な描写はないが、未知のもの(今回は放射能)に怯えるアメリカの人々の思想が読んでいて割と強めに刺さる。まあ、今のコロナ発祥地、中国のことを思う日本人、と言い換えると割としっくりくる。ただしそこには現地の生活がある。そこを考えることを怠ってはいけないのだ。

・最後は病に侵されていたクリスティーナがそれでも前を向いていく様子と当時の福島の様子がリンクされている。前を向いて自分の道を進むクリスティーナ。福島に住む人々が前を向いて過ごす道のりについては、我々はまだ目撃している最中だ。

・実は、私は一時期福島のいわき市に住んでいた。だからなんだって訳でもないのだが。でもここに描かれていた桜吹雪はいつの日かこの目で見に行きたい。

・次編は「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」。主人公は警備担当のスミス。警備員の仕事、マインドを覗き見ている気持ちになって楽しい。この本の中では最も沢山の作品名が並び、ひとつひとつ調べながら読んだ。個人的にはタイトルしか書かれていなかったが、ルソーの『夢』が好みだ。

・スミスがアートに詳しすぎないのも良かった。例えば、同じピカソでも『アビニヨンの娘たち』は人の形を為していない宇宙人にしか見えず何がいいのかわからない(因みにこの作品がMOMAの中で最も高価で価値のある作品らしい)と言うが、『鏡の中の少女』は見ようによっては美人だからアリ、と思っているらしい。こういうシンプルで飾り気のない感想を見ると私のような素人はほっとする。

・その次は、『私の好きなマシン」。この話に限り、MOMA勤務の人物が主人公ではない。MOMAの伝説的な展示であるマシンアート展に感銘を受けた幼少期を経た工業デザイナーが主人公だ。

・新しい観点からの芸術。優れたプロダクトは機能性と美しさが同時に内包されているという信条が素晴らしい。私も身の回りにあるものに改めて気を配りたい。因みに、昨日天気が良いことに気分を良くし、部屋の物を全てひっくり返し大掃除に仕掛かったままのマイルームは凄惨な現場だ。今現在もその様子は現場保存されている。

・その次はアメリカの9.11を機に当時ワールドトレードセンターへ仕事のため外出していた同僚セシルを亡くしたことをきっかけにパニック障がいを起こし、退職にいたるアシスタント・キュレーターのローラが主人公の「新しい出口」。MOMAはピカソとマティスを同時に観る展覧会をしていたのか。すごいな。

・最後は、日本の私立美術館から一年MOMAに派遣された麻美の物語、「あえてよかった」。この話はとにかくオチがお洒落でイカすから読んでほしい。伏線回収が見事。あと、日本人が見るMOMAって感じがする。「インターナショナル・カウンシル」という名の資金集め部署はこの本で初めて知った。

・同じ職場にもいろんな人がいる。当たり前のことが小気味よく描かれていてあっという間に読んでしまった。アートに留まらず、信念を持ちやりたい事に真摯に取り組む登場人物が羨ましい。

・現在進行形でMOMAは今日も多くの人に発見と感動を届けているに違いない。

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