第76話 終電
真奈美は鈴木部長説明用の資料作成を先に終わらせることにした。
社内会議資料は得意分野である。
(鈴木社長は投資銀行出身だから、いつもの社内資料のフォーマットがお気に召すかはわからないけどね……)
真奈美は、片岡本部長に説明した資料で使った、会社概要やIM概要をそのまま流用し、そこにページを追加していった。
先日の宮津精密との面談の内容、彼らの価格目線。
(バリュエーションや投資回収は、白紙だけど、明日山田チーフと相談しよう。……あ、事業本部からもらったシナジー効果は一枚整理しておいた方がいいわね)
――その日の定時間際。
真奈美は、空白ページはあるものの、一旦資料の全体像をまとめ上げ、山田にメールで送った。
(……ふぅ、あとは意向表明書の修正に移りますか)
その瞬間、チャイムが鳴った。定時だ。
「お疲れまでした」
チャイムの終わりを待たずに、さっそく帰宅しようとする中野。
「あ、中野さん、さっきの決裁書だけど……」
「はい!今、法務部長の事前確認は完了しましたよ。事業本部確認はまだ未完ですけど、この週末には確認してくれると思いますので、月曜日午前中には準備完了すると思いますよ」
「……あ、ありがとう。すごい、もうそこまで根回しできてるんだ」
「はい!慣れてますからね」
中野にとっては日常茶飯事の仕事だったらしい。さすがドS部門の雑務担当、心強い。
真奈美は、中野に感謝しながら、自分の仕事にもどった。
――その日の夜。時間は23時を回っていた。
真奈美は意向表明の文章を、社外に出せる文章になるように《《てにをは》》を含めて何度も見直しを行い、時にはモゴモゴとそれを音読しながら、修正を続けていた。
(……もう、これ以上は自分だけでは改善できない。明日山田チーフに意見を伺おう)
真奈美は山田にメールを送った。山田は別のプロジェクトにつかまっていて、まだ席には戻っていなかったが、すぐにメールが返ってきた。
『遅くまでありがとう。明日もあるし、今日はあがってもらって、ゆっくり休んで。明日またレビューしましょう』
(もう、ゆっくり休める時間じゃないんですけどね)
真奈美は苦笑いしながら、久々の終電での帰宅となった。
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