第116話 在庫
財務税務DDが始まった。
経理課長が、売掛金や買掛金の上位10社の残高、棚卸資産の概要、固定資産の概要、各種引当の説明、借入金の説明などを説明した。
経理部の四谷が質問に立った。
「在庫についてですが、回転期間が2か月ですが、この水準についてはどうお考えでしょうか」
在庫とは、正式には棚卸資産のことで、原材料と仕掛品(作りかけの部品)、完成品の総称だ。
なるべく少ない水準でコントロールできることが望ましいが、事業構造によって適正水準は異なる。
例えば、製造に要する期間が長ければ仕掛品は増えるし、顧客要望によってある程度の完成品を保有する場合もある。
このような議論をするときに用いられる指標が回転期間だ。保有している棚卸資産が何か月分の売り上げに相当するかという指標である。
「はい、我々は2か月は適正と考えております」
経理課長は淡泊に答えた。ビジネスDDでの雰囲気と異なり緊張感が警戒感を感じる。
(あまり詳細を開示したくない、ということかしら……)
真奈美は心配になったが、四谷は表情も変えずに淡々と質問を続けた。
「特に、原材料が多いようですが理由を聞いてもいいですか」
「はい。顧客によっては急な生産を要求されることも多いので、ある程度柔軟に対応するためには致し方ないと考えております」
「わかりました。それでは、在庫の年齢表を開示いただけますか」
経理部長が手をあげて答えた。
「年齢表は作っておりません」
「わかりました。それでは実地棚卸をさせていただくことは可能でしょうか」
「申し訳ありませんが、今回の出資規模を考えれば、そこまで細かく見ていただく必要はないと思います」
四谷の質問が一瞬止まる。が、すぐに再開した。
「それでは評価減の会計基準を教えてください」
こうして、経理部長、経理課長と四谷の攻防は緊張感を増しつつ進んでいった。
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