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小説 『PSYCHO-PASS GENESIS 3&4』 の感想(ほぼ考察)

1と2に引き続き、PSYCHO-PASS GENESIS3と4も約7年ぶり?に読破。こちらもほぼ記憶抜けてたので初読のように楽しめました!
前回のGENESIS1&2の感想を踏まえつつ、3&4の感想も記事として残しておきます。
ちなみに感想というよりほぼ考察しかない、前回以上にバグみたいなボリュームの怪文書でしかありません。
大丈夫そうでしたらどうぞ。

GENESIS1、2の感想はこちら↓


注) 感想の一部にPPPやFI等各PPシリーズのネタバレを含みます。

まずは感想から

いや〜、何を学んでどう生きたら20代半ばでこんな話が書けるんですかね?(褒めてます)
一度読んだだけでは理解が追いつかないくらい重厚な物語で。7年前くらいに読んだ時は読解力のNASAが大気圏突破してて『難しかったけど面白かった!(小並感)』という感じでしたが、記憶なくなってから読み返したらめちゃくちゃ面白くて…。キャラの数だけ思いを馳せながら読み返したい作品です、ほんとに。

唐之杜兄弟について
複雑な愛憎を抱えた兄弟でしたね〜いや〜この2人の関係、好きです。好きの反対は嫌いではなく無関心と言いますしね。お互いが嫌いだ、といい合うほど嫌いで憎い一方、裏返しのように存在する切っても切れない互いの執着とある種の愛を感じて……いや良い〜〜(語彙力)。一卵性双生児だからこそ、自分でもあり他人でもあり兄でも弟でもあり、だったんですかね。

最後の方に「お前は今から唐之杜英俊だ」「お前は今から唐之杜秋継だ」って言い合ってるところも「お前は狡噛慎也だ」「お前は槙島聖護だ」を意識されてたのかなと思ったんですけど、その後の行く末も似てますね。英俊になった秋継と狡噛は生き延びて海外へ、秋継になった英俊と槙島は自分の生を全うして撃たれて亡くなる。

兄や弟、それぞれ互いにも執着してましたけど、生き方は似て異なりましたね。どんな手を使っても生き残る、と『生(生きることそのもの)』に執着した兄と、1千万の命を間引いて尚生き延びてしまった、罪深い自分の命の正しい使いどころを探した、『正(生きる意味)』に執着した弟。でも互いに自分が持っていないもの、持ちたかったものを本当はどこかで眩しい羨ましいと思っていた感じが……。このお互いの色々なものが捻じれあってる関係が、DNAの二重螺旋構造みたいで興奮しました。(?)
唐之杜兄には海外で生き延びていて欲しいですね……その時はどっちの名前を名乗ってるんだろう。若かりしガルシアあたりと面識あったりしないかなぁなんて妄想も楽しそうです。

エイブラハム・M・ベッカムについて
アブラム・ベッカム、ずっと裁きを求めて彷徨った哀しい人でしたね…。自分の目的を果たすために帰望の会の子どもたちや実験用の未成年密入国者、レジスタンスの命を見方によっては全て利用し、世界が血に塗れていることに対してある種悟りを開いているところが、慎導篤志と砺波のハイブリッドという感じでした。大義を果たすために犠牲になる命は、彼にとってやむを得ないものだったのだろうか。人が人らしく生きた末に死んでいくのがあるべき人の姿だみたいに考えてそうな雰囲気を感じましたが……。
大義を掲げてシビュラの元を目指しているのかと思ったら、彼も結局は復讐(私刑)に取り憑かれた1人の人間でした。槙島を最後まで追いそして殺した、狡噛のように。
男を裁くために彷徨い続けた老人には、子ども達の純粋な憎悪や復讐心、帰郷の想いはどこか眩しかったりしたのかなぁ。自分にはどんなに偽りの理想郷であろうとも帰れる国、故郷がないから……。
彼に思いを馳せると切なくなってしまう。
ところでアブラム、左腕義手だったんですね!生死を分かった日だけでなく、左腕が義手なところまで宜野座さんと同じだなんて……!
これが運命です!(某マジシャン風)

真守滄と衣彩茉莉について
この2人、お互い敵対するところからスタートして、互いに心を交わらせていって最後2人で1つになるまでがもう哀しくも美しくて。それぞれ欲しているもの、欲していたはずのもの、欲していたけど手に入らないと気がついて手放してしまったものを相手が持っていて、それを失わせまいと互いを想って命をかける美しさ。あれ、この構図唐之杜兄弟と同じでは!?動機が対照的なだけ?
そして、もう二度と会うことがないところまで分かたれて、人生が重なることはなかったけれどお互いの目的は果たせた唐之杜兄弟、お互いの志は半ばで朽ちた(先に死を迎えた)ものの最終的に互いに1つになってシビュラとして生きて(?)いった滄と茉莉。ここもなんて対照的な結末なんでしょう。GENESIS2で出てきた巌永監視官もとい「わたし」は、この2人だったんですね。
ちなみに終盤で書かれていた2人の脳の構造がとても似ていた〜の部分については考察パートで触れます。

PPPのラストシーンは滄と泉宮寺さんのオマージュ?
4の終盤で、滄が泉宮寺さんを高層ビルからライフルで撃つシーンがあるんですが、この時の泉宮寺さん、義体の体液を血液と同じ色に偽装しているんですよね。ここ読んだ時「まんまPPPじゃん!」ってびっくりしました。滄(と茉莉)が2118年の時点でまだシビュラの構成員やってたら、間違いなくこの時の経験を元に朱ちゃんの提案のんでますよね?公衆の面前で人を殺すという罪を犯しても濁るはずの色相が濁らない人間がいる、というシビュラの不完全性を示し、法の廃止を阻止するため、任命式で義体の体液を血液に似せて、銃撃による"人間"の死を演出してくれ的な。
PPP見る前に昔一度読んでたはずなのにな〜んも覚えてなくて、PPP初見時は素直に衝撃受けてました。GENESIS読んでこのシーン覚えてた上でPPP見たらどう感じたのかなぁ〜惜しいことしたみたいな気持ちになりましたねw 「PPPじゃん!」「GENESISじゃん!」になった方、いますか?

はい、感想はここで終わりです…汗
ここから先は感想も時々入れつつひたすら考察です。大きく分けて【創世記編】【シビュラと免罪体質編】の2つになります。
どこまでも怪文なのでご注意ください…。

【創世記編】

真守滄(マカミソウ)と衣彩茉莉(イザヤマツリ)の名前の由来から辿る創世記

真守滄の名前の由来

真神(マカミ、マガミ、シンジン)は狼(ニホンオオカミ)の古名や異名、「まことの神」「正しい神」を指す言葉だそうです。ニホンオオカミが神格化された存在として、人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰され、大口真神と呼ばれたとか(Wikipedia参照)。
作中では滄はニホンオオカミではなくその亜種のハイイロオオカミのよう、と言われていましたね。
そして漢字は真守。名前の付け方がうますぎる〜!常守との対比じゃないか!何を守るんだろう、真実を守るのかな?と思って読み進めていくと、作中には度々そういったフレーズが出てきました。彼女は最期までこの社会の奥に潜む〈シビュラ〉の真実──そして真に守るべきもの、守りたいものを守るために全てを捧げてきた。
『真神』と『真実を守る』のダブルミーニングの名前の付け方、うますぎる!(2回目)
真守と常守という関係性にも繋がるのがもう、ね!!
真守から常守へのバトンタッチという流れを意識した上で、常守という名前に込められていた意味を考えると、
・真実を見つめ、常に正しさとは、正義とは、人は、社会はどうあるべきかを常に模索して国を守る
もしくは、
・模索し続けることで、真の平和に近づけるという信念を捨てず、人々の生活(=日常)を守る
こんな感じでしょうか。制作陣の考えとはちょっと違うかもしれないけど、私は今のところこんな感じの解釈です。

衣彩茉莉の名前の由来?

一方、衣彩の方がこれまた難しくて……多分真神と同じ感じで名前の裏に背景があるはず。
滄と少なからず何かリンクしてるはずと考え、日本神話の方から探ってみました。イザヤ、っていう響きからしてイザナミとかイザナギあたりかな?と思って色々調べてみるものの、決定的な内容が見つけられず。なので、漢字の『衣』の方から探っていきました。神話、衣……神の衣、みたいな。

『神衣』は『神御衣』とも書き、【かむみそ、かんみそ
】などと読むようです。
神御衣は神様が着用する衣服、もしくは神様に捧げる衣服を指します。天照大御神が身につける衣、の意味もあるようです。天照大御神は、古事記で「天照大御神」、日本書紀では「天照大神」とそれぞれ表記される日本の神様です。太陽をはじめ光や慈愛、真実、秩序などを象徴する最も尊い神様と言われており、皇室の祖先とされていて、伊勢神宮(皇大神宮、内宮)に祀られています。

今でも伊勢神宮では、毎年春と秋に天照大御神に和妙(にぎたえ)と呼ばれる絹と荒妙(あらたえ)と呼ばれる麻の反物を、御糸、御針などの御料と共にお供えする神御衣祭が行われているようです。
そしてこの神御衣について、『愚昧記』(三条実房の日記)では下記のように述べられていたそうです。
「1169年に伊勢神宮で火事があり、上古から伝わる神御衣を消失した」
で、ここで出てくる神官の禰宜によると「神御衣は絹のたぐいではなく綿のようであり、色は茜で染めたように見え、形は子供の衣被(かづき)のようだった。」と述べられていたとか。
茜色の衣被……そう、茉莉が常に身につけていた赤いフードパーカーです。トレンドマークのように着ていた赤のパーカーと名前の由来、ここから来てるのか…!?
と思いましたが、残念ながらここで行き詰まりました。
まず、衣彩の彩との繋がりがない。そして、愚昧記と神衣に関する記述がこちらのサイトにしかなく、信憑性がイマイチなこと(専門家かどうかもわからない個人の憶測や解釈を含む出典は、それ単独ではエビデンスレベルとしてはとても弱いです。なので普段は他に複数の専門サイトや文献でも同様の内容を確認できた場合のみ、個人によるわかりやすいまとめを正式に参照するようにしています。稀に今回のような例外もありますが…)。
そして、神御衣に使われる絹は赤引き糸と言うのですが、これが赤い糸ではなく白い糸であること。
これらの理由から、愚昧記路線は可能性は低いかな、と。
他に赤い神衣と日本神話を繋ぐ情報はないかと色々調べたのですが殆ど出てきませんでした。なので別方向から名前の由来を探ります。

それにしてもこう、日本神話から紐解くと、天照大御神はシビュラ、伊勢神宮はノナタワー的な位置づけに見えてきますね……?

【主な参考文献・サイト】
太陽の女神、アマテラスについて
日本の神さま12の物語──天照大御神
神宮の歴史・文化──伊勢神宮
燃えた神衣

衣彩→イザヤを発端として全て繋がったGENESISの世界

西洋神話や宗教の方から探るとすぐ出てきましたw
イザヤは旧約聖書で出てくる預言者だったんですね!
(そもそもなぜイザヤで最初から調べなかったのかw イザヤも知らないくらい神話や宗教に無知ですみません。遠回りにも程が……)
GENESIS4の主な参考文献に『文語訳 旧約聖書 Ⅳ 預言』もありますし、イザヤの名前の由来がここから来ているのは間違いない!はず!

イザヤ書は旧約聖書の一書で、三大預言書の1つ。66章からなり、歴史的背景から1-39章までの第一イザヤ、40章以下の第二イザヤ、56章以下の第三イザヤの3つに分けられています。

このイザヤ書において、赤、もしくは赤い衣に関する記載がないかを探してみました。……ありました!
該当したのは第1章と63章です。
第1章18節では、下記のように語られています。(そういえば、PPPの冒頭で砺波が語っていた一節も、テモテへの手紙の"第1章18節"でしたね。偶然?)

 主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。』

『さあ、われわれは互いに論じよう。』の所は、「神が判決を下す裁判官としてではなく、裁判席から被告席まで降りてきて、問題解決の糸口を共に見つけ出そうとしている」のだとか。解決のための打診案が、『たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。』の部分。
緋や紅は血の色を表します。罪ゆえに流した血でまみれていても、それを悔い改めて神に救いを求めることで、神に赦され清めてもらえる、という意味のようです。

続いて第63章を見てみます。
全文貼るのはアレなので、こちらのサイトなどで読んでみて下さい。
何度も血に濡れてきた赤いフードパーカーを着た茉莉の辿ってきた軌跡や、GENESIS3、4全体のストーリー展開とちょっと似た何かを彷彿とさせませんか?パッと読んでわかる通り、アブラハムも出てきますね。
63章は、1節〜6節ではエドムに裁きを行われる神、神の裁きについて書かれた、イザヤ書が最後に編集された時代の御言葉であり、編集者たちは、イスラエルの人々がかつて神に背く歩みをしていたことを心に刻ませる、つまり罪を刻ませる意味でこの御言葉を収めたと考えられています。7節からは預言者の賛美の歌が書かれていて、第一イザヤ~第二イザヤ以前から受け継がれた古い時代の予言と考えられています。
各節の詳しい解説については、サイトを幾つか貼っておきますのでそちらを参照ください。

【主な参考文献・サイト】
キリスト教マメ知識──イザヤ書
イザヤ書第1章10-20節「雪のように白く」
受難週祈祷会・聖書の学び イザヤ書63章1~10節
巣鴨教会聖書研究会 「イザヤ書63章」
IBF『主の恵みと、主の奇しいみわざをほめ歌おう。」(イザヤ63章7節)
大田原キリスト教会──イザヤ書63章1〜14節「豊かな神の恵み」
永野牧師の部屋第1──イザヤ書 63章


63章の第1節で出てくるエドムについてまず見ていきます。あるブログでは下記のように解説されていました。

『エドムの国の歴史は創世記に出てくるアブラハムの孫であり、イサクの息子であるヤコブとエサウとの間の争いにまでさかのぼります。この二人は双子で、エサウが兄でヤコブが弟ですが、神様はヤコブをイサクの跡継ぎとして選んでおられました。エサウは弟に長男の権利を奪われて彼を殺そうとしたために、ヤコブは長い間、自分の親元を離れて、おじのところで暮らさなければなりませんでした。このエサウが、外国人の娘と結婚してエドムという国が生まれました。その後の歴史の中で、エドムは絶えずイスラエルに敵対し、たえずイスラエルを悩ませました。そのため、エドムは、神の民に悪を行う罪に満ちたこの世の代表となりました。カトリック教会の偉大な神学者であるアウグスチヌスは「神の国」とい書物を書きましたが、彼は、人間を神の国と地の国の二つのグループに分けて考えました。神の国とは神を愛するすべての人を表し、地の国は自分を愛し神を信じない人々を表しています。この世のすべての人間は、神の国か地の国のどちららかに住んでいるのです。ですから、この幻では、エドムとは地の国を現しています。あなたは、神の国と地の国のどちらに属しているでしょうか。ただ、教会に来ているだけでは、どちらの国属しているかは決まりません。あなたが、自分の意思で神を第一として生きるのか、自分を第一として生きるのかを、一人一人が決断しなければならないのです。』

礼拝説教 2009年5月31日(イザヤ書63章)

神の国=シビュラ統治下の日本、地の国=シビュラ統治外──つまり海外や廃棄区画、シビュラ統治前の旧時代の日本みたいなイメージ?
上記で出てきたエサウとヤコブは、旧約聖書の創世記に登場する人類初の双子。エサウはワイルドで狩りをするのが仕事、ヤコブは兄と違って控え目で大人しい性格。上記でも触れられてますが、ヤコブ(弟)がエサウ(兄)から長子の権利を奪い取ったことから、この二人は大ゲンカに発展。(最終的には神の導きにより、感動の再会を果たし和解。)ヤコブは神と戦った男なんですね。

元々は厚生省のマトリだった唐之杜兄(秋継)と、外務省にいた唐之杜弟(英俊)。弟が棄民政策を実行した後、シビュラの采配で兄が所属していた厚生省に行きマトリになる。そして入れ替わるように兄が外務省行きになり、互いに嫌い合う(特に兄が弟を嫌う)構図と似てませんか!?で、創世記に出てくる双子で、(見た目は全然違うけど)性格も似ている。
唐之杜兄弟はエサウとヤコブがモデルと考えてよさそうです。
ところでエサウとヤコブの父イサクはアブラハムの息子ですね。この辺も考慮して紐解くと面白そうな気がします。
唐之杜兄弟っぽさあるなぁと思えた解説のリンクも置いておきます。エサウとヤコブで調べると結構色々出てくるので、深く知れば知るほど唐之杜兄弟の理解も深まりそうです。

【主な参考文献・サイト】
筑紫野南キリスト教会──ヤコブとエサウ
エサウとヤコブのあらすじ簡単まとめ

アブラムとヤジディ教
そしてアブラハム。彼も創世記に出てきます。
創世記で語られているアブラハムは元々アブラムという名前だった。75歳で神様が呼び出す声を聞いて、故郷の地を離れて『約束の地"カナン(現在のパレスチナ)"』へ向かいます。
ここで思い出したのがアブラムの年齢です。GENESIS4のアブラムは2070年11月11日時点で『60を過ぎた』と言っています。60代。そして、14年後の2084年11月21日、記念すべき伸元の誕生日に亡くなります。この亡くなった時、もしかして75歳だったんじゃないでしょうか。神の声を聞きながら逝った……みたいな(実際神≒シビュラに執行される声を聞きながら逝った)。創世記のアブラハムがモデルなら、きっと有り得なくはない。ゾッとしました。
また、創世記で出てくるアブラハムは、「神の友」と呼ばれる人物です。とすると、GENESISのアブラムは、作品からも何となく察せられるように、神(シビュラ)になった男の友だったのかもしれませんね。
創世記のアブラハムに関するエピソードの中には、他にもGENESISの物語を紐解くヒントがある気がしてなりません。

ヤジディ教徒はイラク北西部の山岳地帯に何世紀にもわたり居住してきました。ヤジディ教は長く続く信仰で、イスラム教の教えにゾロアスター教や古代ペルシャの宗教、さらには地中海東部に起源を持つ謎の多い宗教のミトラ教が入り交じり、口伝えによる豊かな伝統を持ちます。
ヤジディ教徒がイスラム教徒から悪魔崇拝との非難を受けるようになったのは、16世紀末から17世紀初頭にかけて。一神教のヤジディ教において信仰の中心にあるのはターウース・マラクという天使で、神に背き、人と神の仲介者の役割を果たしています。イスラム教徒にとって、ヤジディ教徒によるターウース・マラクの描写は、コーランに記されたシャイターン(悪魔)に重なる部分が多いように聞こえる一方、ヤジディ教ではこの天使は良き力を持つ者とされています。
ここで書いたターウース・マラクというのがGENESISでもモチーフが出てきた12枚の羽を持つ孔雀天使のことです。みなみにマラクはマレクとカタカナで書かれている記事も見かけましたが、天使を意味するマラクはMelek、王を意味するマリクはMalikのようで、マレクの綴りは……?人名で使われるMalekやMarek?GENESISのアブラムのミドルネームはどれだろう?調べ方が悪いのか特定できませんでした。

ところで、イスラエル12部族はヤコブから誕生しています。ヤジディ教のモチーフである孔雀の12枚の羽とイスラエル12部族、並べると12という数字が際立ちますが、何か意味を重ね合わせてたりするのかな?また、一部の研究者の説によれば、ヤジディ教は12世紀に形成されたそうです。作中でアブラムをクルド人設定にしてヤジディ教に触れたのは、他の宗教より古い歴があるからなのか、12という数字から連想したのか、激しい迫害……民族浄化を受けている点と棄民政策を重ね合わせたのか、孔雀天使が天地創造の1日目に生まれたという点が『創世記』にリンクするからなのか、太陽を神と象徴する宗教だからなのか。この辺を探っても面白いかもしれません。
ちなみに、12という数字に関する話で面白いものがもう1つありました。
15 世紀初頭、ローマのパラッツォ・オルシーニの部屋の壁面に、12人のシビュラが12名の預言者と対に描かれました。この壁画自体は破壊されてしまいましたが、ヨーロッパのいくつかの図書館には、各シビュラの名称と託宣を伝える『キリストの受肉についての12人のシビュラの予言』という写本があるそうです。
ここに記されている12人のシビュラの族長と預言者の組み合わせの中に、預言者イザヤと組み合わせになっているシビュラが2人います。サモスとピュリギアです。
写本の邦訳で、サモスのところを見てみます。

[6 サモスのシビュラ/預言者イザヤ]
Sexta sibilla annorum xxiiii vestitur veluto rubeo et tenet scriptum.
第6のシビュラは23歳で,赤い衣服を着て,次のように記された巻紙をもっている。

パラッツォ・オルシーニの12人のシビュラについて
専修人文論集 103号(2018)051-101
 

GENESIS4の終盤で、アブラムと滄がシビュラを前に戦っているシーンで年齢を言い合っていました。アブラムは60を過ぎたと言い、滄はアブラムに「23です」と答えていたのを覚えてますか!?
この2人なんで緊迫の場面で急に年齢の話始めたん?って読んでる時実は思ってたんですけど、意味ありましたね。
加えて赤い衣服ですよ。茉莉の赤いフードパーカー!
滄と茉莉はサモスのシビュラになった……ってコト!?

【主な参考文献・サイト】
創世記ノート──アブラハムの旅立ち
株式会社ibsm──ヤジディ教
イラクで迫る危機──ヤジディ教徒とは
第 59 回シェイクスピア学会 特別講演──シェイクスピア時代のシビュラ図像集について

ここまで預言者イザヤに始まり、日本国外、西洋の方の創世記絡みの話をしてきました。
この先また日本神話の話に戻ります。

確かにイザヤという預言者から紐解くと、イザヤ書・創世記を通して『創世記GENESIS』の要素はたくさんあるのですが、そもそもなぜイザヤを採用したのか?

それは、日本人の祖先がユダヤ人であり、イザナミとイザナギはイザヤという言葉から来ているとする説があるからだと考えました。
例えばあるブログではこのように書かれていました。

多くの北イスラエル、南ユダの人々がイザヤの預言によって、東の果て、日本を目指したのではないかと考えられます。以下、その痕跡を「古事記」、「日本書紀」の中に見出すことができると坂東誠著「秦氏の謎とユダヤ人渡来伝説」の中に書かれていますのでご紹介いたします。
(以下がブログで引用されていた本の内容)
『イザヤの子がイザナギであるならば、『古事記』や『日本書紀』に描かれている神話は、自分たちの神を礼拝できる東の島国を求めてやってきた、イスラエル人たちの苦闘の体験が織り込まれた神話ということができる』

「古事記」「日本書紀」にある預言者イザヤの痕跡

帰望の会が東の果て日本を目指した流れに似てません!?
そしてこの本と同じ坂東誠著の『古代日本 ユダヤ人渡米伝説』を読んでみたところ、「ユダヤのタナフと日本の古書にみる類似性」(タナフ=旧約聖書、古書=古事記、日本書紀)という項目があり、ヤコブとニニギノミコト、エサウとオオクニヌシノミコト、アブラハムと神武天皇の類似性が語られていました。(Kindle Unlimitedで読めるので興味あればぜひ)
日本とユダヤに関する同様の説に触れたサイトについては他にもいくつかリンクを貼っておきますね。上記の1つだけだとちょっと説得力に欠けるかなと思い。
ここまでの説明からもわかると思いますが改めて。古事記と日本書紀にはどちらも日本誕生、つまり『日本の創世記』が書かれています。大口真神が守り神となったエピソードは日本書紀にのみ記されていて、武蔵御獄神社で信仰されている『おいぬ様』はニホンオオカミであり、日本書紀の記述を元に次のように伝えられています。
『日本武尊が東征の際、この御岳山から西北に進もうとされたとき、深山の邪神が大きな白鹿として道を塞いだ。尊は山蒜で大鹿を退治したが、その時山谷鳴動して雲霧が発生し、道に迷われてしまう。そこへ、忽然と白狼が現れ、西北へ尊の軍を導いた。尊は白狼に「大口真神としてこの御岳山に留まり、すべての魔物を退治せよ」と仰せられた。』
ちなみに日本書紀の本文に登場するのは、「白き狗」=白犬であって、オオカミではないそうです。もっと紐解くと「大口真神」という神はそもそも記紀にも、その他の諸伝承にも登場しないというから面白いですね。
この大口真神とイザヤがどう繋がるのかをちょっと考えてみます。
天照大神は神話の中にこそたくさん出てくるけれど、伊勢神宮を定めた話が見られるのも『日本書紀』だけ。そして記紀ともに出てくる伊勢神宮に関わる物語が、日本武尊のお話です。大口真神と伊勢神宮が日本武尊を通して繋がります。天照大御神は、イザナギ(日本書紀でのみ母がイザナミ)から生まれる。イザナギとイザナミはイザヤという語から来ている。そして、滄がGENESIS3の序盤で訪れていた神社は三峯神社です。日本武尊が東征中、甲斐国(山梨県)から碓氷峠(群馬県)に向かう途中に立ち寄った三峰の地の山川の美しさに感動し、平和を願って 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)の国生みの神様を祀ったことがこの神社の始まりとされています。どれも繋がってはいますね!
でもイザヤはともかく、創世記の話でニホンオオカミ、大口真神に最初に着目したのはどういうきっかけで閃いたんだろう。『真実』『神』というキーワードから真実の神→真の神→真神と連想した?『東征』という共通のキーワードから?(滄も茉莉も、東の果て日本を目指して入国) うーん、西洋神話とか宗教とかと狼の関係から探った方が何かわかりそうですね。
でなければ、日本書紀にて日本武尊の話に出てくる白い鹿、『白(=クリアな色相)』と、鹿矛囲の『鹿』、から、このシーンに出てくる大口真神に辿り着いたか…。(なお白い鹿は古事記、日本書紀どちらにも出てきますが内容が一部異なります。)
白い鹿と狼(犬)、どちらも白い動物の姿をした神。『白(=クリアな色相)』を連想させる。GENESISの執筆が始まった時期を考えると、白い鹿→鹿矛囲を彷彿とさせる、じゃあ大口真神の方からキャラを考えよう→真守滄、みたいな閃きはないとも言えないかなぁ、なんて。ないか〜。
ちなみに神御衣(神衣)をカムイと読むこともあるようです。鹿矛囲も案外日本神話を意識してキャラ設定が考えられていたかもしれませんね。可能性低いとは思いますが……。カムイという読みのキャラ名の漢字に『鹿』を入れた理由も神話から来てたら面白いですね。

【主な参考文献・サイト】
坂東誠著『古代日本 ユダヤ人渡米伝説』
かみゆ歴史編集部編『マンガ 面白いほどよくわかる古事記』
『古事記』は、古代ユダヤの『旧約聖書』が下敷きになってできている──ユダヤ系秦氏が語る邪馬台国【第2回】
日本とユダヤの古代史&世界史 - 縄文・神話から続く日本建国の真実 -(私は未読ですがU-NEXTでも読めそうなのでリンクだけ貼っておきます)
武蔵御獄神社──おいぬ様
オオカミ信仰はあった?なかった?日本人とオオカミ、その過去と未来【前編】 【後編】
関東屈指のパワースポット!秩父 三峯神社の歴史や見どころ
OMEGOCOTI──天空のご神域「御岳山」の魅力 

茉莉は、茉莉花→アラビアジャスミンから来ているのかな。ジャスミンはアラビア語で白い花、ペルシャ語で神からの贈り物の意味で、茉莉花は中国では双瓣茉莉といい、双瓣は2枚の弁という意味です。最後の滄と茉莉の2人みたいな……?
また、深くは調べられていませんが、ジャスミンはもともとピンク色だったと言われていて、キリストが十字架にかけられた時、多くの花が悲しみで枯れてしまったが、悲しみに耐えたジャスミンは翌朝花を開いた時にはピンク色の花が色褪せて白色になった、という伝説があるそうです(この伝説の出典は見つけられず……聖書にあるのかな?)。終盤覚醒するように茉莉の色相が淡紅色から白になっていったシーンと重ねたくなりますね。さらに、このキリストが十字架にかけられるあたりの話には、ユリ(百合)も深く関わっています。神は人の姿になり、キリストとして十字架の上で死を迎えるという物語はすべてただ一つの象徴、白百合によって表わされてきたとか。ブリクセンと茉莉のように、キリストの磔刑に関わる要素が他にもあるのかも……。

やっぱり下の名前にも意味があるようなので、滄も何か由来があると思ったんですが、いよいよわかりませんでした……。ネットの海を彷徨った挙句、瀾滄ラフ族自治県という中国の雲南省普洱市に位置する自治県に辿り着いてしまいましたw なお、ラフ族の創世神話『ムパミパ』は古代のラフ族社会における労働者に対する賛歌なんだそうです。滄が日本を目指していた時、仲間の大人に『優秀な労働者(ハラショー・ラボータ)』ってよく褒められてたことと関係あったりは……流石になさそうですかねw

【主な参考文献・サイト】
ジャスミンの花言葉──いろのえ
ユリの歴史 第三回 百合の象徴的表現
ラフ族の創世神話に関する一考察

調べ散らかした挙句力尽きた感が半端なかったですが、ここまででGENESISという作品がどういう物語かピンと来たでしょうか。
「GENESISは、見事に国外(西洋)の『創世記』と日本の『創世記』の要素がねじれ合うように交錯した、サイコパス世界の『創世記』の物語だった」のです。(DNAの二重螺旋構造みたい!)(2回目)(言いたかっただけ)
いや〜〜〜〜設定や展開の色々な要素が全部『創世記』というタイトルと同じキーワードで繋がってるの、鳥肌モノでは!?!?

以上で創世記の話は終わりです。いや、最初はただ感想ついでにちょっと滄と茉莉の名前の由来調べてみるか〜のノリでした…。迂闊に調べ始めて、やめられないとまらないかっぱえびせんになると、こういう怪文書が生まれることがあるという見本になったと思います。(?)
門外漢なりに頑張って調べてまとめただけですが、何かの参考や好奇心をそそるものになってくれれば嬉しい限りです。

【免罪体質とシビュラシステム編】


はい、ようやく1番語りたかった本題です。ただ、こちらは想定以上に専門性の高い考察に行き着いてしまい、言語化と整理に非常に時間がかかっています。
今回は現時点の理解度で語れる範囲での内容に留め、別途『免罪体質とシビュラシステム』については、より妥協のない専門的な内容でnoteにまとめていきたいと思っています。

ではまず、免罪体質の話の前に、前回のGENESIS1、2の感想の補足からいきます。

サイコハザードについて(前回の感想の補足)

GENESIS1と2で語った考察では、作中の日本国民のほぼ全員のミラーニューロンには生得的な特徴があり、そのためにはどこかで人類全体に生じる大規模な遺伝的変異もしくは遺伝子操作が必要だ、みたいな話をしました。GENESIS3と4ではミラーニューロンの話は出てこなかったけれど、現生人類は日本国内にいる人だけでなく世界中にいる人類を指しているような記載はありました(記載箇所は見失いました)。
そこでミラーニューロンの特徴の変化が生まれたのは日本国内に限った話じゃないのかも、と思い至り、ヒントをGENESIS以外から探りました。あったんですよ!なんとオフィプロ1と公式HPの年表にw (見落としが酷い)
それがこちら。

2021「新自由主義経済」の崩壊
貧富の格差を広げた原因である「新自由主義経済」の崩壊が始まる。
新自由主義のもとに権力を肥大化させていった「大きな政府」が、あまりにも企業優遇の政策をとりつづけたこと、そして中国経済バブルの崩壊にともなうアジアでの激しい紛争の始まりが、世界的な「倫理崩壊(モラルハザード)」を引き起こす。
一部の学者によればそれは、人口の爆発的増加による水不足・食料不足によって、「人間の本能」が変化した結果だったという。
数が増えすぎると、体が大きな「孤独相」から、集団移動に適した「群生相」に変化する生物がある。
人間にもそれが起き、その結果が暴力的なモラルハザードにつながったという説も浮上。
デモと暴動の時代。
発達しすぎたネット環境によって「悪意」が伝染していく時代の到来。
それまでありえなかった先進国での内戦勃発、グローバル化の最悪の失敗、また発展途上国で大規模な難民が発生し、彼らは大移動と殺戮、略奪を繰り返した。
当時、メタンハイドレートによるエネルギー自給を確立しつつあった日本は、海外の内戦激化によるダメージを回避するため、早々に鎖国政策を開始。と同時に、食料自給自足を国策として推し進めることになった。
また壊滅状態であった国内経済を再興するため、企業の国営化を進め、失業者就職支援のため、マークシート式「職業適性考査」の導入を開始する。

PSYCHO-PASS公式HP STORYより

イナゴやバッタの相変異のように、人間の本能が変化してモラルハザードが起きた。そして、発達しすぎたネット環境によって「悪意」が伝染していく時代が到来した。

GENESISの内容を踏まえると、この部分は『人類がミラーニューロンを始めとした脳の性質を変化させて他者の悪意などの影響を受けやすくなった』とも捉えられる気がするのです。
作品の中ではあくまで『そういう一説もある』な扱いですが、相変異に近いメカニズムと考えるとGENESISで言われていた『現生人類のミラーニューロンの特徴が生得的』という部分の筋が通ります。

ここで相変異とミラーニューロンについてちょっと説明しておきますね。
イナゴやトビバッタなどは、環境に適応するため、生息密度によって自身の形態、行動、発育といった特徴(表現型)を変化させます。これを相変異といい、低密度下で発育するのが「孤独相」、大発生時の高密度下で発育するのが「群生相」です。例えばサバクトビバッタなら、孤独相は一般的な緑色でお互い避け合うが、群生相になるとお互い群れて集団行動するようになります。
こうした相変異の表現型は、子や孫に遺伝すると言われています。この次世代への遺伝には、DNAの塩基配列が変化することなく遺伝子の発現が調節される仕組み、エピジェネティクスが関わっていることが最近示唆されています。(相変異に限らず人間の場合も、エピジェネティクス情報が次世代へ継承されることがわかってきています。)

そしてミラーニューロンについて。ミラーニューロンは、自己が運動する時と他者が運動しているのを見ている時の両方で活動する神経細胞のことです。他者の運動を見ている時は運動前野が活性化しますが、行動を見るという視覚入力だけでなく、聴覚経由の入力や想像するだけでもミラーニューロンが働くことがわかっています。また、運動に関するニューロンシステムが、感情の領域にも体性感覚の領域にも存在することが発見されています。感情に関わる島皮質のニューロンシステムは、他者の嫌悪の表情を見ている時に、自分自身がその嫌悪を感じているかのように活性化する。体性感覚野のニューロンシステムは、他者が物に触っているのを見ている時に、自分自身が他者の身体の動きをし、物に触っているかのように活性化する。これらのニューロンシステムが共通して持つ機能のことを、オランダのある神経科学者はシェアードサーキットと名づけました。
このシェアードサーキットが行っているのは、他者の運動、感情、体性感覚を視覚や聴覚経由で捉えた時に、自己の運動レパートリー、感情レパートリー、体性感覚レパートリーの上でシミュレーションをして、他者に関する理解をもたらすことである、と説明されています。
人は、これらの他者に関する情報をすべて「自分が同じ状態を経験するのに用いる脳領域を使って」理解する方式を取っており、これが他者理解の原理だとしています。
他者の運動を自己の運動野のシェアードサーキット上でシミュレーションすることで、他者の意図や次に何をしようとしているのかを理解する。同様に、他者の感情のシミュレーションにより他者の心的状態を理解する。他者の身体状態のシミュレーションにより、他者の身体のバランス、触られた感触、痛みなどを感じる。これらは相補的に働いています。
そして、シェアードサーキット上では自他の区別が曖昧になっています。「人と人の境界はこれらのシステムの神経活動を通じて曖昧になっています。相手のほんの一部が自分になり、自分のほんの一部も相手になるのです」とキーザーズが述べているように、シェアードサーキットは他者理解、そして共感の神経基盤ともなっているのです。この辺りの説明、全部抜き出すと長すぎるので簡易化しましたが、丁寧に理解したい方はこちらの文献をどうぞ。

では、ここまでの情報から考察です。

前回のGENESIS1、2の感想で触れたように、作中で説明されていたミラーニューロンの特徴を上記をベースに紐解くと、シェアードサーキットによって運動に関するシミュレーションをした際に、他者の意図のうち目的は理解できるけれど、その先の動作の模倣まではうまくいかない。理解してもどう模倣すべきか操作できるほどこの領域を働かせることができない、といった感じでしょうか。PP世界の現生人類にはこうしたシェアードサーキット、いうなればミラーニューロンの特徴があると。
そして、現生人類に見られるミラーニューロンを始めとした脳の特徴の変化は、この部分に限らなかったのではないかと考えました。それこそ感情に関するミラーニューロンの働かせ方とか。
2020年代から、PP世界では世界恐慌によって大多数の人は群生相のようになった、つまり「他者から感情の伝播を受けやすく(共感しやすく)、また目的の模倣しかしないようなミラーニューロンネットワークを造る(要は余計なことを考えず他者と目的だけを共にして行動するようになる?)」ような人種へと変わったのではないかと考えました。後半の変化だけはシビュラ社会下の日本で特に顕著な可能性はありますが。
中には変異が軽い中間相にあたる人、もしくは変異を持たず、私達と変わらないミラーニューロンシステムを持つ孤独相のままだった人も恐らくいた。そういう人は、GENESISの作中では金子室長のように精神構造が極めてタフな旧時代の人間(つまり、世界恐慌で相変異が起こる前に生まれており、かつ環境要因によって相変異が起こらなかった人間)と言われていたのかもしれません。
相変異が起きると、相変異をもたらす要因が無くなりでもしない限りそれが子孫にも受け継がれていく。だから、2021〜2031あたりで相変異を起こして群生相に変化した人達とその子孫で構成される2070年代には、日本国民ほぼ全員のミラーニューロンがシビュラ社会に都合の良い思考の伝染を起こす特徴を持つようになっていたのでしょう。征陸さんもその例に漏れず。
1と2を読んだだけでは思いつかなかったけれど、公式サイトの年表に大事なヒントが書かれていて綺麗に繋がったので嬉しいです。
正しいか、ちゃんと説明できているかはともかく、疑問だった『ミラーニューロンの特徴が生得的』であることに納得できる説明をつけることができました。
(前回は知識不足により否定的な見解を展開してすみませんでした)

【主な参考文献・サイト】
サバクトビバッタについて──国際農研
トノサマバッタの相変異についての生態ゲノム学的研究
ストレス耐性は親から子へ継承される──理科研
混み合うと黒くなるトビバッタ
ミラーニューロン・共感・利他

共感の種類とサイコパスについて

続いては、免罪体質とシビュラについて語るのに必要な前提情報として、共感の種類とサイコパスについて軽く説明しておきます。

共感について

共感は、脳の進化の過程から、哺乳類が爬虫類から分岐した1億8000万年前に誕生したと言われています。
実は共感の定義はいろいろあります。「他者と喜怒哀楽の感情を共有すること」「他者の感情の理解を含めて、他者の感情を共有すること」等……
いろいろな定義に共通しているのは「他者の感情状態を共有する精神構造」という点のようです。
共感の分類については、最もメジャーなのは「認知的共感」と「情動的共感」の2つに分類する立場ですね。
「認知的共感」とは、他者の視点を獲得することによって他者の心情を理解することです。下位要素としては、視点取得や心の理論、メンタライジング等があります。オンオフの切り替えがある程度可能で、他者が罰を受けているシーンを見たりすると、その人の心的状態を理解や予測することで共感が生じる。一方、罰を受けて当然と考えられる状況であれば、共感を意図的にオフにすることもできる、トップダウン型の処理と考えられます。

「情動的共感」は情動伝染のように、半ば無意識かつ自動的に他者と同様な情動状態が経験される現象を指します。下位要素としては、情動伝染、個人的苦痛、感情共有、同情などがあります。こちらは基本的にボトムアップ型の処理と考えられています。
(情動伝染:何かで悲しくなっている友達と一緒にいると自分も悲しい気持ちになることがあるように、他者の気分や情動に影響されて、(知らず)同じような気分や情動を経験する現象のこと)
この認知的共感や情動的共感は互いに補完しあっていて、状況や環境によって共動したり単独で働いたりします。
他にも共感を「行動的共感」「身体的共感」「主観的共感」の3つで考える立場や、最初に上げた認知的・情動的共感に加えて「運動的共感」を加えて3つとする立場もあったり、上の方で語ったシェアードサーキットを踏まえるなら、運動、感情、体性感覚の3つを反映した「運動的共感」「感情的共感」「身体的共感」に、前頭前野の認知を考慮した「認知的共感」を合わせた4つと考えることもできるのではないかと言われています。
こんな感じで論文(研究者)によって色々な分類をされるだけあり、共感は多次元的です。
なお、ミラーニューロンが共感に関わっていることは様々な研究結果から報告されていて、認知的共感、情動的共感においてそれぞれ別のミラーニューロンシステムが関与しているようです。

【主な参考文献・サイト】
共感性と社会的行動の関係について
共感の理論と脳内メカニズム
他者の表情観察を通した認知的共感と情動的共感の神経基盤
共感を創発する原理
共感の正確性が動作の模倣に及ぼす効果
共感・他者理解におけるミラーシステムと情動・報酬系の活動変化
ミラーニューロン・共感・利他
進化心理学から見たヒトの社会性(共感)

サイコパスについて

次はサイコパスについて簡単に説明しておきます。
サイコパスというと、世間的には「凶悪で残忍な連続殺人の犯人、知能は高いが冷淡、人の痛みに対する共感など全く無く、むしろ他人を苦しめることにこそ快楽を感じる」のようなイメージをもつ人が多いのかなという感じです。学術的な意味でのサイコパスは精神障害の一種で、社会に適応することが難しい恒常的なパーソナリティ障害といった精神病質(サイコパシー)をもつ人のことをいいます。論文や学者、成人において非社会性または反社会性を常況とするパーソナリティ障害と解釈されることが多く、精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)や疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD)においては、反社会性パーソナリティ障害として分類されています。なお、サイコパス=反社会性パーソナリティ障害、ではなく、どちらか一方に当てはまる人もいれば、両方に当てはまる人もいます。
サイコパスの特徴の評価方法として、サイコパシー・チェックリスト改訂版 (PCL-R)があります。20項目を0-2点で評価するもので、子供では合計が27点以上、大人では30点以上がサイコパスの目安になります。評価は専門家によって行われるのですが、かなり難しいようです。そして評価は一般的に情動的/対人関係的側面(因子1)と問題行動的側面(因子2)にわけて考えます。因子1の要素は一次(性)サイコパシー、因子2の要素を二次(性)サイコパシーとも呼び、このサイコパシー傾向は日本では日本語版一次性・二次性サイコパシー尺度(PSPS)で測定されます。一次性(一次的)サイコパス、二次性(二次的)サイコパスという呼ばれ方もされますね。
サイコパスの最大の特徴として、良心や(情動的な)共感性の欠如とする立場が見ていると多く、共感性の欠如によりサイコパスの様々な特徴に繋がるとする視点での研究も進んでいるようです。(この辺はまだ精査中です)
マイルド・サイコパスとは、サイコパスの特徴を持ちながら犯罪行為を行わず、社会的に成功した人のことを言い、サイコパス人口はマイルド・サイコパスを含めると4.5%ほどのようです。国や性別によっても割合は違うようで、色々調べていると0.2%〜4.5%くらいの幅があるようですが、日本含め約1%としている文献やサイトが多いですね。
なお、2022年のある研究では、サイコパス傾向の高い人において、ミラーニューロンに関連する脳部位の低活性化が見られたそうです。ミラーニューロンシステムの異常とサイコパス(情動的共感障害)の関連性はあるという見方の元、研究が進んでいるようです。

【主な参考文献・サイト】
精神病質者(サイコパス)とは──日本医事新報社
サイコパスとは?その心理的特徴、仕組みと接し方など解説
私たちの身近にいる人格障害、「マイルド・サイコパス」
サイコパスとは?──日本犯罪心理学会
Mirror Neurons and the Neuroscience of Empathy
Julio C Penagos-Corzo et al. Soc Neurosci. 2022
精神病質──scholarpedia

この先の考察に必要な前提情報はこんなところでしょうか……。現時点である程度咀嚼できてる範囲で説明しましたが、わかりにくかったらすみません。

公式サイドによる免罪体質の説明

ではこれまでPSYCHO-PASS公式サイドから、免罪体質についてどのように説明されてきたのか。
いくつか紹介します。まずはオフィプロから。

サイマティックスキャンの計測値と犯罪心理が一致しない特殊事例。ドミネーターで犯罪係数を測定できない人間。およそ200万人に1人の割合で出現すると予測されている。他者への共感や情がない、新たな思想と価値観の持ち主が、シビュラシステムの思考拡張のための新たな構成員候補とされる。(オフィプロ1)

人の精神構造を割り出すサイマティックスキャンの計測値と実際の精神構造が一致しない人物のこと。ドミネーターの目前で人を殺しても犯罪係数の上昇や色相の濁りは判定できず、従って執行も不可能。極めて異例な、シビュラシステムが裁けない存在である。彼らはおよそ200万人に1人の割合で出現すると予測され、新たな思想と価値観の持ち主も多い。シビュラシステムは、このイレギュラーたる免罪体質者を内部に取り込むことで、自身の理解力や判断力のさらなる拡張を図っている。
(オフィプロ2)

免罪体質は先天的なもので、人工的・後天的に免罪体質を会得することはほぼあり得ない。
(オフィプロ3、1と2に共通する部分以外)

先天性免罪体質の詳しい特徴についてはGENESISで述べられているので、GENESISを見ていきます。

──かつて、人間の魂を定量化する精神の数値化技術(サイマティックスキャン)が理論化され、その実現が夢見られた時、解析のために必要になる膨大な演算処理ユニットとして、〈シビュラ〉の原型ともいうべき仕組みが設計された。
(中略)
そして、サイマティックスキャンによって、〈シビュラ〉を稼働させるべき適合能力を持った人間を見つけ出そうとした。だがその発見確率は恐ろしく低かった。

PSYCHO-PASS GENESIS4 p405

その確率が1/200万。恐らく日本国内に限らず、世界的に見てこれだけ稀少な存在だったということでしょう。

免罪体質とは何も、犯罪を犯しても色相が濁らない精神異常者を指す言葉ではない。より逸脱した者たち、何かが致命的に欠けているかわりに、別の何かが突出して優れた者たち──その例外存在というべき魂の在り方をシステムが理解することで、その知覚領域を飛躍的に増大させる。世界と人類そのものを解析する視界を無限に拡張し続ける。

PSYCHO-PASS GENESIS4 p405

稼働のために多くの人間の血を吸わねばならない呪われた怪物であるシビュラも、サイマティックスキャンも、(米国では)現実に稼働することはなかった。

アブラムが個人的に裁きを加えたかった、シビュラ初期構成員の男(=シビュラとサイマティックスキャン、2つの技術を流出させた男)も滄も、『誰かのため、社会のためにと言って、他人のために平気で自己犠牲してしまう』人間がシビュラに組み込まれたから、集団のために個を犠牲にすることが当然と定義する社会が生み出されてしまった』とアブラムは言います。

先天性免罪体質(AA:a priori acquitted)と後天性免罪体質(APA:a posteriori acquitted)

更に、この2つについて見ていきます。
一般的に免罪体質というと先天性免罪体質を指します。この免罪体質の存在は、誰がいつから知っていたのか?

GENESISでは、サイマティックスキャンが理論化され、サイマティックスキャンのデータの解析を行うために、膨大な演算処理ユニット、〈シビュラ〉の原型ともいうべき仕組みが設計された、と書かれています。

システム全然詳しくないので間違ってるかもですが、サイマティックスキャンはPPPのストロンスカヤ文書(シミュレーション理論)のような理論のように思えます。そして、サイマティックスキャンを用いて実際に解析処理を実行するのが、システム。
旧米国政府では「シビュラの原型なるものを使ってサイマティックスキャンにより解析し、そこで先天性免罪体質なる特徴を持つものがシビュラを稼働するには相応しい」とされたようですが、シビュラの原型は機械でできたスーパーコンピュータではなさそうに思えます。超高性能で素晴らしい演算処理能力を誇るスーパーコンピュータ(=機械)であれば、わざわざ『シビュラの原型とも呼べるシステム』という言い方はしないでしょう。であれば、シビュラの原型として考えられるのは、
①免罪体質でもなんでもない、適当な人間の脳をつなぎ合わせた並列処理システム(非免罪体質者の脳でできているだけで、あとは現行のシビュラと仕組みはほぼ同じ)
②人間の脳の形はしていないが、人工的に培養・分化させて作成した膨大な脳神経ネットワークを作成した。(人間の脳またはiPS細胞などが由来の、未分化の神経幹細胞を大量培養→分化させて、脳の形こそしていないが無数の配線が組み合わさったような構造で神経細胞同士が接続された巨大な脳細胞の集合体。人間の脳に近い神経ネットワークを持ち機能する生体コンピュータ)
③米国崩壊前の技術力の結晶、機械でできたスーパーコンピュータ

①については、前回の感想で述べた最初期のシビュラシステムとほぼ同じような感じですね。
サイマティックスキャンによる膨大な演算処理を行うシステムとして最も高性能なのはこれでしょう。
戦争で犠牲になった人の脳とかをかき集めて作ったのかもしれません……
②だった場合は血はあまり流さずに済みそうですが、この生体コンピュータでサイマティックスキャンの解析が実現できるなら、見つけるのが困難な免罪体質者でシビュラを作る必要性ある……?ってなりそうなので、まぁ可能性は低いでしょう。
無難に③、ってこともあるかもしれません。多数のAI (not生体コンピュータ)を繋ぎ合わせたスパコン、みたいな?

いずれにしても、シビュラとサイマティックスキャンの技術が日本に入って実現される前に、『先天性免罪体質』の存在は認められていたんですね。恐らく後天性免罪体質の存在も検討されていたのでしょう。だから、犯罪係数とかと違って『先天性免罪体質』と『後天性免罪体質』にはそれぞれAAとAPAという英語表記がある。米国で最初に定義された存在だから。

そして日本の方も見てみます。

2031
サイコパス判定による「職業適性考査」の開始

厚生省主導により全国民に「職業適性考査」が義務づけられる。
大規模化した「職業適性考査」をより合理的かつ正確に行うため、サイマティックスキャン技術の導入が進められる。
と同時に、ふくれあがった演算処理に対応できるスーパーコンピュータが開発される。
これが「シビュラシステム」の萌芽となる。
より広範囲かつ正確なサイマティックスキャンが可能になったことにより、全国民にサイコパス測定を義務化。
以降数年の、サイコパス測定とマークシート式による「職業適性考査」の混在期を経て、サイコパス測定による「職業適性考査」に一本化される。
これに合わせ教育改革も始まる。

PSYCHO-PASS公式HP STORYより

2031年にはサイマティックスキャン技術の導入が進められている。この頃には既にシビュラの技術とともに米国から日本に技術流入済。
シビュラシステムの萌芽、と言われているスーパーコンピュータは、アブラムが探していた男を含めた免罪体質者達の脳でできていたように読めますね。2031年以降でシビュラが施行されるまでの間に、システムの演算処理能力の飛躍的な変化はなかったようですし、実際GENESISにも下記のような記載があります。

当初はマークシート式の適性考査が行われた。しかし効率と精度の上昇のため、当時の最先端技術だった初期精神数値化技術(アーリー・サイマティックスキャン)が用いられるようになった。ただし、これを使うには〈シビュラ〉システムの稀有な演算処理能力が不可欠だった。

PSYCHO-PASS GENESIS3 p152〜153

そしてGENESIS読む感じだと、シビュラ初期メンバーは少なくとも100人はいたようです。初期メンバー、どうやって集めたのか気になりますね。(米国のシビュラの原型であるシステムにももし脳が使われていたら、同じく100人以上の脳が並列接続されてそうです)

後天性免罪体質についてはまた後述します。

免罪体質の特徴についての仮説

公式の内容から、免罪体質者の特徴は『サイマティックスキャンの計測値と実際の精神構造が一致しない。他者に一切共感することも、情を抱くこともない』。ここからもう少し踏み込んだ言い方で定義するならば、『認知的共感はできるけれど、情動的共感を一切しない』となるのではないかと。
これでも答えにはなるんですが、情動的共感の定義やメカニズムがまだ研究途上で曖昧な部分もあり、情動的共感を一切しないとは?ミラーニューロンが働かないの?と若干フワッとした理解になるので、捉え方を変えます。
免罪体質者は『自分の精神活動が、他者(厳密には共感能力のある哺乳類)の精神活動の影響を一切受けない。つまり他者の精神活動の影響によって自身の精神活動は一切発生せず、心の動きは全て自発的で他者からは完全に独立している
これが免罪体質としての絶対条件と考えました。上記を満たさなければいかなる性格でも免罪体質にはなりません。
なのでサイコパスも免罪体質に含まれます。気をつけたいのは、免罪体質はサイコパスであるとは言えますが、サイコパスが皆免罪体質とは限らない、ということです。情動的共感能力は0か1かではなく、能力にはグラデーションがあるので、他者の精神活動の影響を多少なりとも受ける、『情動的共感性は低いが0ではなく、その他のサイコパシー要素を多く持ったサイコパス』の人間は免罪体質には当てはまりません。
あくまでも他者の精神活動、つまり情動の影響を『全く』受けず、自分の情動が他者から完全独立しているのが免罪体質としての条件。
説明が難しいのですが、『共感しない=他人に対して心を動かさない、感情が起こらない、感情を共有しない』のとはまた少し別と考えます。人として喜怒哀楽はあるし、他人に対して何らかの感情は湧きます。湧いた感情が他者と同じということも時にはあるでしょう。ただしそれは、他人の精神活動の影響によるものではなく、『他人の心の動きの影響を受けない、独立した自分の心』が、『他人の心の動きに関する情報、心の動き以外に関する情報』の両方を、自分の心とは完全に切り離したところで認知する(この瞬間、独自のミラーニューロンネットワークは機能しているかもしれないけど、心は一切動かない)。認知した後で自分の心が動く。という手順を踏みます。
例えば他者が悲しんでいたとして、自分も同じように悲しくなったり、悲しみではなく怒りを感じたりしたとします。この心の動きが、感情に関わるミラーニューロンを通じて、扁桃体などの情動に関する脳の部位(更に細かく言うと自身の情動に関わる部位)も活性化するみたいな、『他者の精神活動の影響を受けて、自分の心が他者と同じように動いている、もしくは他者とは抱いた感情の種類に若干のズレはあっても他者の精神活動に何かしら共鳴して心が動いている』のであれば、免罪体質ではない。一方、『運動や体性感覚に関わるミラーニューロンは働く。感情に関わるミラーニューロンは、一切働かないか、通常とは違う特徴を持つことで、自分の情動には一切影響しない。よって他者の精神活動の影響を全く受けない。他者の精神活動すなわち感情を一旦客観的な情報として、脳内で情動から完全に切り離されたところで処理した上で、心を動かす』のであれば、免罪体質。感情を他者視点に立ち認知することや、シェアードサーキットによって運動、体性感覚、感情のシミュレーションを行って感情を理解することと、自分の感情が動くことは、例え脳内で同時に行われていてもその神経活動は互いに独立している。本来シェアードサーキットやミラーニューロンは働いてる時に自他の境界が曖昧になるとされていますが、免罪体質ではその自他の区別が完全についた状態で働く……それはもうミラーニューロンと呼ぶのか?となってきますが。
いい加減くどいですね。でも言いたいことは伝わった…でしょうか?
『一切共感をしない』のが免罪体質の特徴ではありますが、厳密に見ていけばそれは『精神活動が他者から完全独立しているから一般的に言われている"(情動的)共感"をしないのであって、心がないわけでも、他者に対して心を動かさないわけでもない。ただ、他者の心の動きの影響を全く受けずに生きるため、情動に関する認知の仕方や処理の仕方、ミラーニューロンシステムを含めた脳神経ネットワークの発達の仕方と構造が、普通の人とは全く違う』状態になる。
個人的にはこの捉え方でしっくりきました。
ではここから、もう少し免罪体質の基準を深く見ていきます。

免罪体質の判定基準は?本当に200万人に1人しかいないの?

サイコパスは「ミラーニューロンを含めた情動的共感に関わる脳の機能的な障害により、情動的な共感が上手くできない」と解釈できるかなと思うんですが、情動的共感性は全くないのか、それとも0ではないけど弱さには個人差があるのか、どちらなのか?これは現代医学ではまだ明らかになっていない印象です。
個人的には、サイコパスとされる人たちの情動的共感性は0〜弱めまで幅広くいると考えています。サイコパスでない人たちの中で認知的共感、情動的共感の強弱には個人差があるように、サイコパスとされる人たちの中でもやっぱり共感の強弱には個人差があると思うんです。
(例えば共感性を測る指標を用いた実験で回答にばらつきがあることからも想像できるかなと。)
複雑な情動的共感には当然複数の遺伝的、環境的要因が絡みます。サイコパス全員が全く同じ遺伝子変異を持ち、全く同じように遺伝子発現が調節される、なんてことは流石に有り得ないはず。
そうすると、情動的共感性がどのくらい低ければ免罪体質、どの程度なら免罪体質じゃない、といった基準を設けないといけなくなる。この境界線をどこで引くかによって、免罪体質とされる人の数や割合はかなり曖昧で変動的になってしまいます。
なので、情動的共感は一切しない、もっと言うと他人に情動を全く左右されない、のようにまずは考えました。
もし共感性が限りなく0に近く、自身の情動がほんの僅かでも他者の影響を受けることがあるサイコパス傾向の人がいたとして、その人が免罪体質と認定されるとすれば、それは『シビュラシステムに解析不能なレベルの共感性の低さ』だった時でしょう。ただそうだったとしても今度は、「シビュラが解析できないのはどのレベルから?」問題が出てきます。シビュラが解析できないレベルとは? 完全にただの推測ですが、『サイマティックスキャンにより複数回にわたって計測された経時的な計測データを解析した時、他者の精神活動の影響を受けた痕跡が"一切"見られない』だと思います。その結果、実質的に情動的共感性が0と判断されるみたいな感じです。

情動的共感性が低いけど0ではない人を免罪体質とすることに否定的な見方をするもう1つの理由に、現実世界でのサイコパス人口があります。サイコパスは約1%、現在の日本には約120万人いると言われています。
PP世界で世界恐慌が起こり、モラルハザードや戦争が起こるような環境下では、サイコパスは生存には有利にはなれど不利にはならないはずですから、サイコパス人口の割合が増えることはあっても減ることはないとします。
ここから免罪体質にあてはまりそうな人を低く見積もりながら絞っていくと、下図のようになるんじゃないかと。

図:免罪体質の存在割合


『情動的共感性の異常が見られるサイコパス(図の③)』というだけで200万人に1人(1/200万)っていうのはあまりに少なすぎる気がしたので整理しました。
そこで④の情動的共感性が0である人間に限定すれば低く見積もって1/20万〜40万くらいにはなるでしょうか。ただ、PPの世界の人類は、相変異的な本能の変化により、思考伝染が起こりやすい(情動的共感性の高い)人が増えた世界という捉え方もできそうなので、サイコパス傾向の人は現実世界よりも少なく、免罪体質=『他者の精神活動の影響を全く受けない情動的共感性0の人』という条件だけで1/200万の稀有な存在になる可能性も否定はできません。
もしそうでない場合、1/20万〜40万から絞るにはもう少し免罪体質としての条件が欲しいですね。

免罪体質のもう1つの条件とは

GENESISでは免罪体質の特徴について、『何かが致命的に欠けているかわりに、別の何かが突出して優れた者たち』と語られていました。致命的に欠けているのは情動的共感とわかりましたね。では突出して優れているのは何でしょう?
恐らく『認知的共感が突出して優れている』ではないでしょうか。さっきの手描きの図で言うところの⑤に当てはまる人。
何故かというと、サイマティックスキャンデータの解析、要は人の精神活動や精神状態の高度な解析を行うシビュラの構成員には、他人の感情を他人視点に立って想像・理解する認知的共感能力はより高い方が向いていると思えるからです。
もう1つの根拠としては、灼と東金朔夜の持つ資格です。二人とも共通して持っているのが第1級セラピスト。灼の方は、他にもメンタルケア関連の資格を3つ持っていますね。
東金朔夜はともかく、先天性免罪体質である灼がセラピストとして発揮する共感能力は認知的共感です。他者の感情に引きずられることなく他者の感情を理解するのに、認知的共感能力の高さは大いに役立ちます。なお、メンタルトレースも、メンタライジング、究極の他者視点獲得によるもののようで、こちらで必要な共感も認知的共感ですね。1期では免罪体質は『他者に共感することがない』と言われ、3期の灼が高度な共感能力を持ち〜と言われてひっかかった方もいるかもですが、ざっくり言えば、認知的共感と情動的共感の違いということになります。
また、東金朔夜がセラピスト資格を持ち、朱ちゃんの精神状態について高度な分析をしていた点からも認知的共感能力の高さが伺えるのですが、これがまたポイントです。
免罪体質でなくなった理由は後述しますが、作られた免罪体質として認知的共感能力の高さを持っていた理由は『その資質も免罪体質として必要な条件だったから』ではないでしょうか。そうでないなら、認知的共感に関わらず情動的共感性だけ全く持たない人間を作れた時点で母美沙子の実験は成功のはず。美沙子(や父親)の認知的共感能力の高さが人工的に操作せずともたまたま遺伝しただけ、という可能性もありますが、ならば尚更、美沙子も情動的共感性に欠けるだけでなく認知的共感能力の高さを持っていたからこその免罪体質者だったと考えることもできるわけです。
というわけで、他者の精神状態を理解するには認知的共感は高い方が良い、そうするとシビュラ構成員としても認知的共感能力の高さが求められるということになる、と考えました。

そうすると、先ほどの図の④に当てはまる1/20〜40万の免罪体質候補のうち、⑤の極めて高度な認知的共感能力を持つ人の割合が1〜2割とすれば、200万分の1になります。え、2割もいる?という感じですが、免罪体質者は、他者の精神活動の影響を受けずに他者の心の動きと自分の心の動きを学習・理解し脳を成長させていくために、認知的共感能力を常人よりも強く働かせる傾向があるんじゃないかと考え、この割合としました。作品を見ている感じでは、槙島、灼、(途中で免罪体質ではなくなりましたが)東金朔夜の3人は少なくとも認知的共感能力は相当高く見えます。
免罪体質者の少なさ、ちょっと感覚的に想像しやすくなった気がしませんか!?

免罪体質の定義まとめ

以上より、免罪体質の定義を整理し『大前提として、他者の精神活動の影響を受けず、自分の精神活動すなわち情動が他者から完全独立して制御されるような脳構造の持ち主である。サイマティックスキャンのデータからその人の精神活動を経時的に見た際、他者の精神活動の影響を受けた痕跡が一切見られない。(その上で、高度な認知的共感能力を持つ人物)』としました。
世界観の根幹に関わる部分なので、キャラがブレないよう制作陣の中で共通認識として持てる程度には明確な基準が考えてあるはず。1期のノベライズでシナプスの可塑性に触れたりするくらいだから、免罪体質もこのくらい医学的背景をベースに考えられていたらいいな、なんて願望も込めて考察してきました。

高度な認知的共感能力を持つことが必須条件かどうかについてはまだ悩んでいて、今後も考察予定ではありますが、他者の感情に一切振り回されず、公平な視点で人の精神を解析するには確かに免罪体質者は最も合理的で相応しい存在と言えそうです。

実際、GENESISを執筆された吉上さんは3期ノベライズで下記のように述べています。太字にした部分を読む感じ、少なくとも公式サイドの方々のうち吉上さんは、この考察と近い免罪体質の捉え方をしているように感じます。(そうだといいな!)

〝免罪体質〟――それは社会的共感能力に乏しく独自の価値判断・倫理基準によって意志選択を行い 、時に社会のルールを著しく逸脱した判断を躊躇いなく行う人々――いわば社会との繫がりを持たず、独自の精神形質を有し、完全に独立した個である者たちだ。

PSYCHO-PASS サイコパス 3 〈C〉 p460 

誰の心の影響も受けない、人と感情を、心を共有できない。生まれながらにしていかなる時も他人には不可侵な心は、どのように成長して何を思うのか。免罪体質者の孤独は凄まじいだろうなと改めて思います。
槙島という人間を誰よりも理解し、シビュラ社会下での生活を、それこそ全てを捨ててまで執着してきた狡噛と、最期の会話を交わした槙島の笑みは……。

朱ちゃんはやっぱり免罪体質ではない

ところで免罪体質の定義について、もう1つ下記のような仮説を考えていた時期がありました。(最終的に却下)

情動的共感性を持ちながら、その共感をコントロールできる。つまり、情動的共感をした上で、その後瞬時に自分の感情を完全に制御できる。情動的共感から自分の情動を切り離すことができる

これ、免罪体質ではなく朱ちゃんですね。
GENESISでこれに近いことをわかりやすく説明しているのが、下記になります。

相手の感情を内面化するのではなく、その思考をあくまでも忠実に推定するに留める。そこで何をすべきか、しないべきかを判断する。自他の区別のない想像で物事を考えてはならない。自己と他者の間に境界を設け、相手に領域を侵させない。自分も侵さない。

PSYCHO-PASS GENESIS4 p88〜89

領域=精神の領域──精神活動を行う脳の領域?
免罪体質と共通するのは『他者の精神活動の影響から自分の精神活動を切り離し独立させることができる』、免罪体質との決定的な違いは『情動的共感ができる』。
あけすけな言い方をしてしまえば、朱ちゃんは免罪体質の上位互換みたいな存在。
シビュラは2期ラストで朱ちゃんを構成員に迎え入れてもいいという判断をしました。あれは見方によっては、シビュラ構成員の資質として『免罪体質であること』から『他者の精神活動の影響を受けない、他者から独立した精神構造を持つこと』にアップデートしたとも言えるかもしれません。
朱ちゃんはどうしてこんな精神構造を獲得したんでしょう?1期を見ていると、元々素質はあったように感じます。征陸さんは1期13話で彼女のことを「物事を良しとしている。世の中を許して、認めて、受け入れている」と言っていましたね。自分の感情が動くより先に、まず自分が知覚する世界、情報をまずそのまま認知し、それから自分の感情を制御する(いつでも喜怒哀楽を意のままに操っているのとはちょっと違って、情動的な共感と自分の感情を、独立した神経基盤で処理することもできる的な。自他を完全に区別した情動処理ができるといった感じ?)。その脳内処理を自然とやれて生きてきたから濁りにくいし、人が他人の精神に振り回されて色相を濁らせる様子を見て、濁りにくい理由はわからずとも、自分と他人の精神の在り方が違うらしいことは自覚していたと思います。だからこそ、その答えを求めて卒論のテーマがサイコハザードになったんじゃないかな。
そして、シビュラ社会下で「人が人らしく生きるには」「自分が生きる意味は」みたいなことを常に模索しながら生きてきて、その答えが1期を通して出たことが、彼女の精神構造を更に強固なものとしたんじゃないかなぁ、なんて。
免罪体質ではないけれど、情動的な共感と自分の感情を切り離して処理できるから極めて色相が濁りにくく、勉強もできて賢い。故に人とは違う次元で物事や人や社会を見てきて、どうして人と違って自分は濁りにくいんだろうとか、「何でも選べる、何でも苦労なくできる(と周囲に思われてる)自分は何のために生きてるんだろう?何ができるだろう?自分にしかできないことは何だろう?」みたいなことを常に考えながら生きてきた。その答えが出た時、自分の目先の喜怒哀楽とか心、自分自身の機嫌や欲望の優先度は社会よりはっきりと下になったんじゃないかな。自分がすべきこと、自分にしかできないことが見つかった。自分が貫きたい信念、掲げる正義が確固たるものになった。朱ちゃんにとってそれは何にも勝る生きる目的、生き甲斐なんじゃないか。そんな風に思えます。
もう少し自分のために生きて欲しいと願いたくなりますが、多分朱ちゃんにとって既にこの生き方──シビュラと人が一方に偏らない在り方で共存できるように。シビュラ社会で生きる人々がより幸せに、それでいてシビュラに委ねすぎず・考えることを止めずに人らしく生きられる世界の実現のために、できることをする──これが自分のために生きてることになってしまっている。だからきっと、PPPラストの行為も躊躇いなく実行できてしまった。
収監されて肩の荷を下ろしてたくさん時間がある中で自分と世界とを見つめた結果、この辺少し柔軟に捉えてやっていけるようになったんじゃないかな。FIラストの柔らかい表情を見ているとそうであってほしいと思いたくなります。
いやこれGENESISの感想で長々語ることじゃないですね……すみません、話逸れました。

先天性免罪体質の特徴の決まり方

今度は、何故免罪体質の特徴が『情動的共感性がない(他者の精神活動の影響を受けない)』になったのかを考えてみました。
先ほど、サイマティックスキャンは人間の魂を数値化するための理論という話をしました。この理論の在り方が肝だと思っています。
極端な話ですが、例えば、(共感性を持つとされる)哺乳類のいない海に囲まれ、陸にも微生物や植物、昆虫、爬虫類、鳥類などはいるけど哺乳類はいない、そんな島に、人間がたった1人だけいたとします。この人間が島で生きていく上で、精神状態を測る(知る)必要は果たしてあるでしょうか。
恐らくないでしょう。何故なら、この人間は社会を築かないから、築く必要性がないからです。社会性を発揮させる必要がない。ということは自身の精神状態が周囲に与える影響について、知る必要もないし心配も要らない。まぁ、鳥と仲良くなってる可能性とかそんなのはあるかもしれませんがw
ではこの島に、人間が2人いたらどうでしょう。状況は変わりますね。たった2人でも、2人で生活していくとなったら、互いにコミュニケーションをとり、共感し合って(互いの精神活動に影響を及ぼし合って)社会性を発揮し生活するようになるでしょう。2人が争わず健康な精神でいられるように、精神を計測する意義が出てきます。
つまり、サイマティックスキャンの理論は『社会的動物である人間が、他者に精神的な影響を及ぼすこと』を大前提とした理論である、ということになります。
だから、他者に情動的に共感しない、他者の精神の影響を受けない人間の精神状態は、サイマティックスキャンでは計測できない。そういう精神構造を持っている人間の魂を測る基準が存在しない。
なので、サイマティックスキャンのデータを解析しても正しい結果が出ない人間、エラーになる人間が『先天性免罪体質』とされた。その免罪体質の特徴が『情動的共感性を示さない。他者の精神活動の影響を受けず、自身の精神活動が他者から完全独立している』となるわけです。
免罪体質は生まれながら他者から完全独立して精神を、脳を発達させる。だから、免罪体質1人1人が造り出す精神構造は、極めて独特で誰も予測できない。理論化できるような法則も恐らくかなり少なく、個人差が激しい。その代わり、どうしても他者の影響を受けてしまう大多数の人間には持ち得ない価値観、精神構造を形成する。だからこそ特別であり、他者に振り回されない視点から、人の精神活動の高度な解析やイレギュラーな場面における合理的判断をする存在として、免罪体質が相応しいとされた。
免罪体質の脳はだからこそ、直接脳を手に入れて詳しく解析しないとその精神構造の秘密はわからない。東金美沙子のようにシビュラの外で直接免罪体質者を研究してデータを取る以外では、シビュラに取り込んで初めて、取り込んだ脳の特徴や記憶、価値観の作られ方などの免罪体質のサンプルと膨大なデータが手に入り、未知の精神構造の在り方の新しい知見が得られる。独自の精神構造を持って生きてきた記憶が、生きた統計データとして蓄積できる。
なのでシビュラは、GENESIS1、2の八尋のように実験からデータを取るか、シビュラに脳を取り込むことでしか、免罪体質のデータを集められない。いずれ今までの免罪体質者数百人を元に、免罪体質の精神を数値化する方法を理論化できれば、シビュラシステムはまた1歩完璧に近づくのかもしれません。
GENESISでも示唆されています。

「仮に何があっても色相が濁らない特異体質者が存在した場合、それをそのまま放置すれば、サイコ=パスを前提とする社会の法治システムを危うくします。ですが、その特異体質の発生メカニズムが理論化できるとすれば、その対象は計測不能の例外存在ではなくなる」

PSYCHO-PASS GENESIS4 p84

それが実現するまで、他者の精神に影響を及ぼすことを前提とした"今の"サイマティックスキャンを用いて得られたデータからは、まだ見ぬ免罪体質者の魂を正しく計測できるようになることはないでしょう。この不完全性をどう補うのか、それとも……?
続編が楽しみです。

免罪体質の定義を元に、免罪体質にまつわるあれこれを説明してみた

免罪体質の色相と犯罪係数について

免罪体質者の色相は必ずしも真っ白なわけではない。犯罪係数も最初から0なわけではない。
これずっと疑問だったんですが、これまでの免罪体質とサイマティックスキャンの考察、下記の八尋の台詞から、一応説明できそうです。

「人間の心理状態や性格的傾向を計測可能にした魂の数値化技術(サイマティックスキャン)は、個人の魂を解析したと言うが、俺からすれば、精神色相(サイコ=パス)なんてものは人間の精神の有り様そのものを表したわけではなく、あくまで精神活動の履歴──その情動の遷移を数値化しただけだ。(中略)なのに、そんな精神の残り滓に過ぎない履歴が魂そのものだと、この社会と、そこに暮らす人間たちは勘違いしている」

PSYCHO-PASS GENESIS1 p104

精神状態の動きを複数回経時的に測定していくと、シビュラに解析できる精神の動きから外れていってしまう。
街頭スキャナーなどで得られた、サイマティックスキャンによるサイコ=パスのデータは、あくまでも判定した瞬間の精神活動の結果(履歴)であって、そこからシビュラによる高度な解析を経て算出された犯罪係数はそのうちの一基準。犯罪係数の算出に必要な要素は、利己心、利他心、罪悪感、攻撃性などでしょうか?(今後詳しく考察予定です)
滄や茉莉の色相も複数回継続して測定していく中で白く澄んでいきました。その時と同様、ドミネーターで複数回計測すると、線グラフを描く際に点と点を結ぶみたいに、記録した時点の各精神状態の間でどのような精神活動が起きたかは、解析データからの推測で埋めている。なので、最初に計測した精神活動はあくまでその瞬間の免罪体質者の精神状態であり、免罪体質かどうかに関係なく結果が出される。だから、滄の色相はパウダーブルーだったし、免罪体質だった頃の東金朔夜はパウダーピンクだった。(槙島は元々日常的に色相がクリアホワイトだったと思われます)
そこから複数回計測を進めていくと、既存のサイマティックスキャン理論や、シビュラ構成員から得たデータをもってしても予測や理解が不可能な神経活動のパターンが現れるから、犯罪係数を正確に測定できない(でもサイコ=パスの測定結果からは精神活動の乱れは見られない)。そして精神活動の履歴を複数回分得ることで、『これはサイマティックスキャン理論に基づく常人の精神活動パターンにも既存構成員から得たデータにも当てはまらない、未知の精神活動パターンを示す存在かもしれない』→かつ、他者の神経活動、周囲のエリアストレスや他者の影響を全く受けず、影響を受けた痕跡も計測データに表れないので精神活動の乱れとして測定されない→測定の度に下がっていき、免罪体質だと確定した時点で0になる。(測定の度に係数が下がるのは、周囲のエリアストレスや犯罪係数だけ上がって自分は変動がないから、次で説明する色相のように、相対的な比較結果として下がっている可能性もある)
というカラクリなのではないか。
色相が真っ白になっていく点については、犯罪現場や殺し合いの最中のような、周囲のエリアストレスや色相が普通なら濁っていくと想定される状況(←サイマティックスキャンや過去の統計から割り出されたデータより予測)に対して、相反するように精神に乱れが見られないから、白くなっていく。心が研ぎ澄まされていくというのもあるかもですが、それよりは、周囲が濁っていく中で自分の精神だけ一切の濁りが生じないから、相対的に白くなる感じですね。2期9話の東金朔夜が犬を殺す間に複数回色相を測られてもパウダーピンクのまま変動がなかったのは、周囲の人々の色相に全く変動がなくエリアストレス上昇もなかった、つまり周囲の精神状態に対して相対的に色相の変化がなかった、と言えるかもしれません。

だから槙島の時や灼の時は、ドミネーターで犯罪係数を測ると最初から0なわけではなく、測定の度に下がって0になる。これは『測定不能、そして免罪体質だと確定したこと』を示す0。
一方、チュアンハンの影武者やPPSS1の烏間など、シビュラ自身にドミネーターを向けると、最初から0。こっちも元々は測定不能な存在だったけれど、今は構成員なので厳密には"サイコ=パス"は解析できるかもしれません。ただ、そもそもが執行や測定の必要がないシビュラそのものなので、"犯罪係数"としては『測定不要』の0。

東金朔夜の人工的免罪体質

東金朔夜は東金美沙子によって人工的に作られた免罪体質でした。シビュラに迎え入れることが決まった美佐子を殺害し、免罪体質でなくなり色相が真っ黒になった。 

東金朔夜はどのような免罪体質だったのか
朔夜は美沙子の卵子を人工授精させて代理出産によって誕生したデザイナーベビー。父親も恐らく東金一族の免罪体質だったと推測します。(オフィプロ2にて、東金一族は免罪体質の家系だったと説明があります)
でも免罪体質だらけの家系で、父親の遺伝子も免罪体質によるものだったら、胎児期に薬物投与いるかな?免罪体質を決定づける遺伝子を完全には特定できていないとかで、免罪体質の両親の精子と卵子の組み合わせの工夫だけでは、免罪体質を安定的に生み出すのは難しかった?
何であれ、胎児期の薬物投与によって、遺伝子発現と神経発達を人為的に調整しようとしたと考えられます。この薬物成分の決定には、後天性免罪体質を作るために開発していた涅槃の実験データが活きているはず。
こうして、免罪体質者の遺伝子をもつ生殖細胞+薬物による調整によって、人工的に免罪体質を発現できたのが東金朔夜なのかなと思いました。

どうして免罪体質でなくなった?
上に書いたように、東金朔夜は『免罪体質形成に関わる遺伝子の"ほぼ全て"を両親のDNAから受け継いでいるが、一部の遺伝子配列や遺伝子発現は薬物投与により後天的に調整されている免罪体質者』だったと考えられます。
それが、母親がシビュラに奪われると知った時のショックによる極度のストレス刺激によって、薬物によって後天的に制御されていた免罪体質としての性質が崩れた。つまり、他者の精神活動の影響を受ける神経回路が形成されないよう、もしくは働かないように薬物によって制御されていたのが、激しい感情の発露によって脱落し神経回路が変性して(そして遺伝子発現の調整にも影響して)、他者の精神活動の影響を受けるようになったのではないか。ちなみに、後天的な遺伝子発現の調整、いわゆるエピジェネティックな調整が、ストレスによって行われるということは現代の研究からもわかっています。
オフィプロ2の下記の記載を見ると、その可能性は十分考えられる気がしますね。

美沙子がシビュラの一員になることを知ると、一気に犯罪係数を悪化させ、彼女を殺そうとしてしまった。

母親がシビュラに迎え入れられることを知り、髪を切ってもらっていたハサミで彼女を殺そうとして独占を図った。このショックで免罪体質が消え、犯罪係数が絶望的に悪化したと見られている。

『母親を殺した後で犯罪係数の上昇が見られた』のではなく、『母親がシビュラの一員になると知ったショックで犯罪係数が上がった』というのがポイントです。前者なら、美沙子(免罪体質)を殺したことで犯罪係数をシビュラが意図的に上げた可能性を否定できなかったんですが、殺す前から上がっていたのなら、オフィプロで言われているようにショックで免罪体質が消えた説が有力という解釈で良さそうです。
この辺は今後も考察を続けていきます。

集合的サイコパスと免罪体質

集合的サイコパスについてはどうでしょう。
まずは集合的サイコパスとは何か、下記で確認します。

それまでのシビュラはサイコパス判定を「個々の人物」という単位で行い、それぞれの犯罪係数などの適性値をサイマティックスキャンから解析、その結果を判定する方法で社会と人間を管理していた。中には「エリアストレス」のように地域全体の傾向を表す概念もあったが、これは各エリア内の人々の表層的なサイコパスパラメーターである色相の変化を測定し、天候などの色相変化の要因などを加味して統計学的に処理するものだった。これに対し、集合的サイコパスの判定では、複数の個人の集合体をひとつの個体と見なし、サイマティックスキャンによる犯罪係数などの複雑な演算を必要とする適性値の解析を行う。

PSYCHO-PASS オフィプロ2より

集合的サイコパスの導入により、免罪体質者の犯罪係数悪化要因を特定できるようになったカラクリとは。

今までは他者の精神活動から完全に独立していた免罪体質者が、シビュラの構成員として他の構成員の脳と並列的に接続される。これは、免罪体質者にとっては初めて『他者の精神活動の影響を受けられる状況』なわけです。そうなると、複数のシビュラ構成員の集合体をひとつの個体(ひとつの脳)として見なした時、それは他者の精神活動の影響を受けるという意味で免罪体質ではなくなり、一般的な人間と変わらなくなる。なので、犯罪係数の悪化要因となる脳が炙り出せる。
2期11話の鹿矛囲の台詞に「集合的であるならば、ドミネーターを向ける者もまたその一部になる。別の誰かが向ければ、アレはまた違う色になるかもしれない」とあります。
ドミネーターを向ける人間(の脳)は、ドミネーターを通じてシビュラ(構成員の脳たち)と電気的に接続される。つまり構成員の脳達は、ドミネーターを向けている人間の精神活動の影響を電気信号として受けられるようになる。だから、ドミネーターを向ける人とシビュラをひとつの集合体(ひとつの脳)として見た時、ドミネーターを向ける人によって、その人からシビュラが受ける精神活動の影響は別のものになる。よって色(色相)も変わる。
集合的サイコパスも、免罪体質の定義に基づいて綺麗に説明がつきました!

後天的免罪体質と違法薬物──涅槃について

詳しく考察したかったのですが、疲れてしまったのと、ここの考察が一番幅広く専門性の高い文献の読み込みが必要なことから、『シビュラと免罪体質』の別記事作成時に詳しく説明できるようにしたいと思います。
今回は構想だけ語っておきます。

まず、作中でUPSと言われていた違法薬物は涅槃でした。OW製薬で実験的に作られていた薬物。それを摂取すると、色相が一定期間劇的に改善する代わりに副作用が激しく、人によっては脳の中枢がやられたり四肢が壊疽してしまう。
作中の説明の一部を見てみます。

・メタンフェタミンを再現できたUPSはなかなか手に入らない (3 p260)
・〈涅槃〉には、過去の記憶を追想させる副作用があるらしい (4 p189)
・光駆動性タンパク質をウィルスベクターを用いて神経細胞に導入、光刺激によってその活動を制御し、脳機能を外部からコントロールする(4 p208)
・要は服用した薬物を予め、脳内の特定部位に配置させ、サイマティックスキャンを応用した光刺激によって、その活性化や抑制を外部から制御できるということ (4 p209)
・〈涅槃〉を摂取した人間は、脳内に分子サイズのバイオプリンタを形成する。そしてサイマティックスキャン実行時の特定波長の光をトリガーとして出力された光感受性の神経作用物質が作用し、特定ニューロンの活動を一時的に抑制、後天性免罪体質と呼ばれる状態を脳内に作り上げる (4 p209)
・想定では、一時抑制が発生するたび、徐々に脳機能の側に変化が生じ、いずれはバイオプリンタが作動せずとも、対象の脳の免罪状態が恒常化されると目されていた (4 p209〜210)
・ある意味で、後天性というよりは擬似的と言ったほうが正しいかもしれない脳の免罪体質化は、現時点においては、初回発現に適応できる人間の割合は、数百人にひとり。(中略)それが回数を追うごとに脳機能が負荷に耐えられる人間が減っていき、最終的な成功確率は、およそ三万五千分の一 (4 p210)
・脳組織に入り込んだ光感受性のバイオプリンタは、外科手術的に取り除くことは不可能だった。 (4 p234〜235)
・〈涅槃〉のコピーモデルには、バイオプリンタ形成に必要なだけの能力はなかったが、それでも同様の影響を幾許か及ぼすらしい。主に海馬付近への影響として現れる (p261)

PSYCHO-PASS GENESIS3または4

涅槃を摂取→バイオプリンタを脳に定着させる→スキャン時に出る光に反応して、バイオプリンタが作動し、次のような現象が起こる→①特定の神経伝達物質の作用により、メンタルケア剤が作用した時と同じような脳の状態を、スキャンの瞬間だけ作り上げる。②脳機能を変化させる=神経ネットワークを作り替える
こんな流れになりますね。

つまり、恒常的な後天性免罪体質を獲得するには、情動的共感をする際に活性化する神経回路を全て無効化し(活性を完全に抑えるor神経細胞を破壊)、情動的共感性を持たない脳の神経回路を後天的に作り出す必要があります。

その辺を考慮すると、涅槃の成分は、バイオプリンタを作るためのウィルスベクターと、地下プラントで作らせていた大麻、芥子坊主、麻黄、朝鮮朝顔などを原料とする麻薬成分が中心でしょうか(なおメタンフェタミンは麻黄の成分が原料です)。そしてウィルスベクターには、脳内で人工的に発現させたい多数の遺伝子の配列が組み込んである。
どんな遺伝子を発現させようとしているのか。まずは、サイマティックスキャン実行時の光の波長に特異的に反応する光感受性タンパク質を発現する遺伝子。そしてその下流に、色相を改善させる薬物の摂取時に似た神経伝達物質を分泌させるのに必要な遺伝子。他には、既存の神経回路(情動的共感に関わるもの、一部のミラーニューロンなど)の機能を阻害もしくはアポトーシス(※1)させる作用をもたらす遺伝子。また、神経幹細胞を増殖、分化させるなどして新しい神経回路(=既存の神経回路に代わって情動的共感をしない神経回路)の形成を助ける作用をもたらす遺伝子。あたりでしょうか。あとはバイオプリンタを発現させたい神経細胞に特異的なプロモーター(※2)の遺伝子も必要ですね。
ウィルスベクターのゲノムサイズはあまり大きくないので、上記の遺伝子を全て導入するには、複数種類のウィルスベクターを用意する必要がある。そうすると、バイオプリンタは複数種類あるということになり、その全てが脳に定着する必要が出てきます。ハードル高い!
ウィルスベクターによって、神経細胞のDNAにバイオプリンタを形成させるための遺伝子を全て導入するには、ウィルスベクターを神経細胞に届けないといけないわけですが、涅槃の摂取方法は経口投与か皮下注射か経鼻投与のようですね。
経口か皮下注射の場合は、血液に乗ってウィルスベクターが脳に届けられる必要があります。その際、ウィルスベクターそのままでは血液脳関門(※3)を通過できないので、血液脳関門を突破できるような工夫も必要ですね。

(※1)アポトーシス:遺伝子のコントロールによって起こる「積極的な」細胞の死、細胞の自殺のこと。
(※2)プロモーター:遺伝子の転写(DNAからRNAを合成する段階)を行う際、その開始に不可欠なDNAの上流領域のこと。
(※3)血液脳関門(BBB):血液から脳組織への物質の移行を制限する仕組み。通常生体内では、物質は組織と循環血液との間を物理的化学的な法則の下、自由に移行(取り込み、排出)している。一方脳組織への血液中からの物質の移行は、厳密に制限されている。


涅槃を摂取して必要なバイオプリンタをしっかり神経細胞内で発現(=定着)させることができれば、あとは街頭スキャナーなどで走査されればバイオプリンタが発動する。発動時は一時的に色相がクリアになるような神経伝達物質が出るだけでなく、神経回路の作り替えが促進されているようなものなので、これが上手くいかないと中枢神経系がボロボロになるなど、脳が大ダメージを負ってしまう。四肢が壊疽する副作用はどうして出るのかという点については、多分、バイオプリンタが手足の末梢神経など意図しない箇所に作られてアポトーシスが起きてしまうとか、脳機能の異常による神経障害、内臓機能障害とか、薬物過剰摂取の影響でしょうか。(薬物過剰摂取により副作用で壊死を起こすケースについてはこちらの記事とか見るとあるようですね)

無事にバイオプリンタが定着し、何度バイオプリンタが発動しても副作用が出ず、1/35000の確率で奇跡的に神経回路の作り替えができれば、茉莉のように後天性免罪体質が完成します。

ちなみに先ほど脳の神経幹細胞と言いましたが、神経幹細胞は大人になっても存在し、生涯にわたってニューロンが新たに作られます。この神経幹細胞は、哺乳類脳の大脳脳室下帯と海馬歯状回の少なくとも二つの領域に存在します。後天性免罪体質として神経回路を作り替えるには、この神経幹細胞を利用しているはずです。だから副作用で脳の中枢系がダメになったり、過去の記憶を追想させたりする(海馬付近の神経幹細胞に作用するから影響が出る)。
また、大人になっても神経幹細胞は存在して新たなニューロンが作られ続けるとは言っても、神経の可塑性や再生能力の高さは未成年の方が高いのは自明のことなので、涅槃の実験対象として未成年が多かった理由はその辺りに背景がありそうです。

茉莉は元々後天性免罪体質になり得る下地を持っていたのだと思いますが、それだけでなく、バイオプリンタ発動時に滄の思いを継いで思考を極限まで同化させていったことで、滄のような免罪体質と同じ神経回路が出来上がっていったのでは、と考えています。
だから最終的な茉莉の脳の構造は滄にそっくりになっていた。茉莉の脳と滄の脳を半分ずつ繋ぐ際に、『(遺伝的にも年齢も全然似ていないのに、免罪体質の脳として)驚くほど似通っていた』と言われた部分の説明が一応つきます。どうしてもこじつけ感はありますが…

以上、後天性免罪体質についてでした。現時点での思いつきから適当な知識で適当に妄想しただけなので、いずれ丁寧に考察したいと思います。

【主な参考文献・サイト】
成体神経幹細胞の未分化性維持機構と発生起源について
大人の脳に存在する神経幹細胞はどのように作られるのか?―一生にわたり維持される幹細胞ができる仕組みの解明―
血液脳関門開放術による遺伝子治療法の開発
アポトーシスは 脳の形作りに必須だった!──Nature ダイジェスト
★線虫 C. elegans ~約1ミリのモデル生物で切り拓く生命科学~: アポトーシス (プログラム細胞死)
ルーラル電子図書館──プロモーター
日本救急医学会 医学用語解説──血液脳関門

余談とあとがき

宜野座祖父(征陸父)について

SATの凄腕のスナイパーだったらしい宜野座祖父。私、GENESIS3と4に絶対名も無きモブとしてさり気ない見せ場が登場すると思って期待していたのですが、特に出てきませんでしたね。私だったら、よく読まないと宜野座祖父だとわからないちょっとしたシーンで滄か茉莉あたりと一言会話させるか、主要人物をギリギリのところでさり気なく救うシーンを入れたくなるなぁと思い(劇場版でニコラスを撃って朱ちゃん達を救った宜野座のようなシーン)。もしかしたら見落としているだけでしょうか……?
宜野座祖父の最期の輝きが見たかった〜!まぁここは妄想の余地があるということで…。

OW?

OW製薬のOWって何の略なんだろう、とふと読みながら思ったんですが、公式で言及ありましたっけ?
最初は「世界を切り拓く」みたいな感じでOpen World製薬かなと思ったんですが、シビュラとの繋がりやラクーゼ法を見てると「世界を動かす/操る」的な感じでOperate Worldの略かもしれない。
なんて妄想はしましたがわからず……。
ちなみにOW製薬は2069年に東金製薬から名前を変更していて、涅槃の第一世代が出たのも2069年(の9月)です。社会を統べるシビュラに本格的に貢献するとなったタイミングでの社名変更だったのかな?
何でしょうね、OWって。

ジェネラルの脳は…

免罪体質について考察している時にふと閃いたんですが、PPPで出てきたジェネラルは元々はサイコハザード対策のための医療用AIでしたよね。開発時に使われた脳は、もし選別基準があるとしたら「情動的共感性に極めて優れた(、色相が濁りにくい)脳」だったんじゃないかと思いました。少なくとも免罪体質の脳ではないことは確かな気がします。免罪体質の脳には良い意味でも悪い意味でも思考の伝染は起きませんし、「わたしは常に皆とともにあります」みたいな台詞を言ったり、他人の罪悪感を引き受ける(=ジェネラルの安定した精神状態を共有させたり、複数人と感情を共有し同じような気持ちになったりすることができる?)には、情動的共感性は必須なんじゃないでしょうか。
宗教的興奮の科学的再現がどのようなものか実はあまりピンと来ていないのですが、ジェネラルと接続している時って、皆同じ感情を共有しているのでは?この辺もPPPの円盤やノベライズが出てからまたきちんと考察してみたいです。

あとがき

感想なのに感想がほぼない怪文書になってしまいました。(ブックオフなのに本ねぇじゃん!みたいな)
結局、結構好きだった野芽さんについて触れるタイミングがなく……野芽さんはそうですね、初登場の時『アブラムが女装したスパイ?』とか一瞬だけ疑ってすみませんでした。

GENESIS4を読み終わってから1ヵ月、気になる疑問や考察をクリアにするために、サイトや文献を読み漁り理解を試みて考えを整理して言語化して……をやり続けて気が狂いそうでしたw 人に読ませる内容にはならない気がしながらも、『公開して人に読ませる前提で書く』ことで、脳内を整理して自分の理解を深めるためにやっていたところがあります。
これが正解!とかではなくこじつけ感満載な所もたくさんあるので、あくまで一個人の捉え方として、面白いなと思える部分が少しでもあれば幸いです。
読んでくれた方、本当にありがとうございます!
(書ききれなかった内容は後日しれっと加筆修正しているかもしれません)

そして後半のシビュラと免罪体質についてはこれからも医学的視点から深く掘り下げていきます。その際は今回みたいに全部盛りにしないで、連載のように複数回に分けようかなとは思っています。
興味あれば覗いてみてください。


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