マガジンのカバー画像

ひまわりと月明 (完結済)

12
長編?作品『ひまわりと月明』のマガジンになります! 毎話ここにまとめていきます!
運営しているクリエイター

記事一覧

『ひまわりと月明』 第1話

『ひまわりと月明』 第1話

昼下がり、公園の一角。

ベンチに座り、背もたれに体を預けながら僕はイヤホンから流れるクラシックの音色に耳を傾けていた。

その旋律は僕の心を包み込むように広がり、公園全体がその音に彩られていく。

鳥たちの歌声が、音楽に混ざり合って一つのハーモニーを奏で、風もやわらかく吹いて、僕の髪をなびかせた。

公園の中を歩く人々も、花壇で踊る花々も、みんなこのオーケストラの一員。

音楽は山場を迎え、僕は

もっとみる
『ひまわりと月明』第2話

『ひまわりと月明』第2話

そよ風が、花開いた桜の木々を揺らし、鳥たちのマーチが住宅街を木霊する。

窓から差し込む日差しが部屋を満たし、まるで温かく、優しく抱擁するようだ。

体を伸ばして、階段を下りる。

ロールパンを一つ食べて、手早く朝食を済ませ、あくびをしながら制服に着替える。

携帯で時間を確認してから、洗面所で顔を洗って歯を磨く。

そうしていると、インターホンの音が家の中に鳴り響く。

鍵を持って玄関に出ると、

もっとみる
『ひまわりと月明』 第3話

『ひまわりと月明』 第3話

○○……辛そうだった……

あの、衝撃の夜からもう時間は経っている。

それでも、なるべく私からピアノの話はしないようにって思っていたのに。

私が迂闊だった……

○○にあんな顔をさせてしまった。

○○に嫌なことを思い出させてしまった。

枕に顔を埋めて、大きくため息を吐く。

もうあんなことがないようにしないと。

「アルノ、いる?」

部屋のドアがノックされ、○○の声が聞こえる。

お母さ

もっとみる
『ひまわりと月明』 第4話

『ひまわりと月明』 第4話

桜の匂いを風が運ぶ。

太陽は微笑むように空に輝く。

「おはよぉ……」
「おはよう」

まだ眠そうに目を擦りながら出てきた咲月。

毎度のことではあるのだが、転んだりしないか心配になる。

「足元気をつけてな」
「うん……」

ほんとに眠そうだな。

昨日の練習長引いて、帰るのだいぶ遅くなったしな。

「よし!」

咲月が自分の頬を叩く。

「目、覚めた!」
「ならよかった」

どうやら眠気を無

もっとみる
『ひまわりと月明』 第5話

『ひまわりと月明』 第5話

「そんなわけで、君にはぜひうちの大学に来てほしいんだ」

青天の霹靂だった。

願ってもない誘いだった。

中学でも、高校でも、県ではそれなりに活躍していた自負はあった。

だが、全国的に見ればまだまだ無名。

そんな俺に、大学バスケでも一、二を争うような強さを争う学校が声を掛けてくれるなんて思わなかった。

「でも俺、まだまだ無名ですよ……」
「うん、そこは重々承知だ。だから、インターハイ出場は

もっとみる
ひまわりと月明 『第6話』

ひまわりと月明 『第6話』

私には、夢がない。

目標がない。

才能がない。

なのに、私の周りには眩しいくらいの才能を持った幼馴染が三人もいる。

○○は、中学生の中でも指折りのピアニストだろうし、××も県大会で大活躍できるくらいのバスケットボールプレイヤー。

アルノだって、思わず涙がこぼれてしまうくらい歌が上手。

対して私は?

私には何があるの?

運動神経、並。

学力、並くらい。

夢、無し。

目標、無し。

もっとみる
ひまわりと月明 『第7話』

ひまわりと月明 『第7話』

休日の午前九時。

楽譜を広げ、イヤホンをはめてピアノに向かう。

ピアノを弾くのにイヤホンで別の音源を聞く奴なんて早々いないだろう。

しかし、今の自分にとってこれが最適解。

再生された音源に合わせてピアノを弾く。

耳はイヤホンから流れてくるアルノの声に集中し、目でひたすらに音符を追い、脳みそから指に指令を送り続ける。

何度も何度も弾いて、その録音を聞いて。

テンポも、強弱もバラバラ。

もっとみる
ひまわりと月明 『第8話』

ひまわりと月明 『第8話』

九月に入った。

暦の上ではもう秋だというのに、照り付ける日差しも、焼き付ける様な暑さもちっとも夏から変わっていない。

じっとりとした汗が額から滲む。

エアコンをつけて、防音室の扉を閉める。

「あぁ~涼し~」

おっと、いかんいかん。

申し込んだコンクールまでそんなに悠長にしている時間なんてない。

朝の貴重な時間も無駄にしてはならないな。

いそいそと楽譜を広げて、ピアノを弾き始める。

もっとみる
ひまわりと月明 『第9話』

ひまわりと月明 『第9話』

背中に伸びていた夏の暑さの魔の手も振り切り、葉も色づいてきて、すっかり秋の様相を呈す。

今月の末にはとうとう申し込んだコンクール。

大きなものではないし、このコンクールの結果次第で未来がどう変わるってわけでもないけれど、久しぶりだからか今からそれなりに緊張しているのも事実。

それは音にも如実に表れていて、聞き返す録音越しの演奏はどこかブレを感じる。

何度も何度も、弾いては聞いて、弾いては聞

もっとみる
ひまわりと月明 『第10話』

ひまわりと月明 『第10話』

正直、焦りはあった。

自分は何を成しえているのか。

自分は何者になれるのか。

先週の○○のコンクールでの演奏を見るまでは、○○だってきっとそう思っているんだって、心のどこかで安心していた。

だけど、あの日。

あの日、間違いなく○○は何者かになろうとしてた。

昔の○○の姿を見た。

いつもいつも俺の前を止まらずに駆けていく○○の背中が、より一層遠くになった。

俺も、何か成し遂げないと。

もっとみる
ひまわりと月明 『第11話』

ひまわりと月明 『第11話』

指の震え、膝の震え、肩の震え、視界の震え。

木枯らしが落ち葉を舞い上げる音も、雑踏も、今日は無駄に大きく聞こえる。

会場は前よりも大きいし、参加者も観客も前よりも多い。

前回出たコンクールとは規模もレベルも違う。

体の芯から震える感覚。

腹の底がむずむずとする感覚。

「○○……」
「…………あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「ネクタイ、ずれてるよ」
「うわ、ほんとだ」

「直して

もっとみる
ひまわりと月明 『最終話』

ひまわりと月明 『最終話』

春の陽気に包まれた公園は、子供たちの無邪気な声で溢れ、平和という言葉を具現化している。

ベンチに座って、優しく吹くそよ風を浴びながら目を瞑る。

こうして、何もしないで眠ってしまうのもまた一興……

「パパー!」

聞きなじんだ声に目が覚める。

「陽葵。どうしたんだ?」
「あたしね、ママといっしょにね、パパにかんむりつくったの!」

「おー!どれどれ?」

僕が頭を下げると、陽葵がそっとそこに

もっとみる