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『ひまわりと月明』 第3話

○○……辛そうだった……

あの、衝撃の夜からもう時間は経っている。

それでも、なるべく私からピアノの話はしないようにって思っていたのに。

私が迂闊だった……

○○にあんな顔をさせてしまった。

○○に嫌なことを思い出させてしまった。

枕に顔を埋めて、大きくため息を吐く。

もうあんなことがないようにしないと。


「アルノ、いる?」

部屋のドアがノックされ、○○の声が聞こえる。

お母さんが通したのかな。

さっきのこともあるし、まだ心の準備ができてないのに……


「どうかした?」

私はドアを開けて○○を迎える。

まだ、ちょっと気まずいな……


「カラオケでも、どうかな……って。アルノの歌、久しぶりに聞きたい」
「いいよ。行こう」


手早く準備を済ませて私たちは家を出た。

道中、会話らしい会話は無く、どんよりとした空気のままカラオケに着いた。

数曲歌っても、○○がマイクを握る素振りが一切ない。


「○○は歌わないの?」
「うん。僕は今日は聞きたくて誘ったんだから」

「でも、そんなじっと見られてると歌いづらい」
「ごめん。じゃあ、目を瞑って聞くよ」

「ご自由にどうぞ」


○○が私の歌を聞きたいって言うんだったら、いくらでも歌うよ。




ーーーーーーーーーー




「アルノ、歌上手だよな」

中学一年生の冬。

学校からの帰り道。

○○から、突然そんなことを言われた。

歌うことは元々好きだったし、褒められるのが○○となると、なおさらうれしかった。


「なんか、アルノの歌って心動かされるんだよ」
「そうかな」

なんて、私は照れ臭くなって、ぶっきらぼうな返事になってしまう。


「ね、ねえ。今日、○○のピアノ聞きに行ってもいい?」
「ごめん。今日は父さんのお見舞いに行かないと。コンクールのことも話さないといけないから」

「そっか……」


最近の○○の成長はすごい。

コンクールでの出来は毎回一、二を争うレベル。

入院してしまったお父さんに、自分の実力を認めさせるんだって意気込んでいた。


「ちゃんとご飯食べてる?」
「それなりにはね」

「ちゃんと寝てる?」
「まあまあ?……あ、もう着いちゃたか。じゃあ、また明日」
「うん……」


病院の前で別れた私たち。

粉雪が舞う。

○○がどんなピアニストになるのか。

それを見てみたいなんて思ってしまっている私がいる。

病院のエントランスをくぐる○○の背中を見送って、私も帰路についた。




・・・




二年生になって、○○はなんだか大人っぽくなった。

自分の進む道が明確になったからかもしれない。

○○は、音楽科のある高校に進学するらしい。

あと、××がモテ始めた。

バスケ部だし、自分たちの代が中心になった新人戦でも大活躍だったらしい。

幼馴染が活躍するのは、私としても誇らしい。

二人は、私にとって太陽みたいな存在だった。

なんだか、遠くに行ってしまったようにも感じた。

二年生になって、クラスが三人と別々になったから、物理的な距離が開いたって言うのも関係しているのかもしれない。


「はぁ……」

私は、秋の空に思いを馳せる。


「ねえ、中西さん」
「はい。なんでしょうか……」


休み時間。

クラスのカースト上位の女子たちが声を掛けてきた。

私は関わることのない人たちだと思っていたから、正直怖い。


「中西さん、××くんと仲いいよね」
「あ......うん……」

「狙ってんの?」
「いや……そう言うわけじゃ……」

「××くんとあんまり関わらないでもらえる?」


ああ、そう言うことか。

彼女らの言いたいことは分かった。

きっと、この中に××のことが好きな人がいて、幼馴染で仲のいい私が××を狙ってるんじゃないかって思ってるんだ。

だから、私のことが邪魔だって思ってるんだろう。


「えと……別に……」
「じゃあ、そう言うことだから」

私の言葉を聞かないで、一軍女子たちは自分の席に戻っていった。

嫌な予感とは、大概当たるものだった。

一週間くらいが経った日の放課後。

私は委員会の活動を終えて、帰ろうとした。

○○と咲月は先に帰っちゃったし、久しぶりに一人で帰るなぁ。

とか、呑気なことを考えながら靴を履き替えたところで、宿題のテキストを教室に忘れたことを思い出す。

階段を上って、教室の前まで来たとき。


「あの……好きです……!」


教室からそんな声が聞こえた。

私は慌てて陰に隠れた。

声の主は、遠く過ぎてわからない。


「あー……俺、好きな人いるんだ」


告白されているのは、××。

流石にこれだけの付き合いなんだから、これを聞き間違えるはずはない。


「そっ……か……」

私は、テキストは諦めてすぐに帰ることにした。

昇降口で靴を履き替えていると。


「アルノ、今帰り?」


××に後ろから声を掛けられる。


「委員会の仕事があったから。××も?」
「うん。一緒に帰ろうぜ」

「いいよ。××と二人なんて、何か新鮮かも」
「確かにな。四人でとかはあるけど、基本俺は部活あるからな」


そこで、私はこの前の言葉を思い出す。

だけど、流石にこんな時間に見られていることはないだろう。



・・・




翌日。

引き出しの中にしまっていたはずの数学の教科書がない。

間違えて持って帰っちゃったのかな。


「○○、いる?」
「ん?」

仕方なく、私は三人のいる教室に教科書を借りに行くことにした。


「数学の教科書ない?」
「あ……。今日数学無いから持ってきてないわ……。咲月は?」

「私もないや」
「あ、俺あるよ」


得意げに数学の教科書を差し出すのは××。


「俺、置き勉してるから」
「それはドヤ顔でいうことじゃないよ。だけど、ありがたく借りるね」


よかった。

この三人から借りられなかったら、詰んでた。

また、次の日。

今度は国語の教科書がない。

そのまた次の日は理科。

不可解に、私の教科書が無くなっていく。

そして、ある夏の日のことだった。


「あれ……?」

登校すると、私の下駄箱の中に上履きが無かった。

教科書がない辺りから気が付いては居たけど、私はいじめにあっているらしい。

スリッパを借りて、教室に向かう。

私が扉を開くと、どこからともなく、くすくすという笑い声が聞こえる。

その原因はすぐにわかった。

机の落書き。

【死ね】

とか

【クソビッチ】

とか。

幸い消せるものだったので、濡れた雑巾で拭き落としてその日は乗り越えた。

私の机への落書きは、この週毎日行われた。

そのたびに拭き落として。


「最近、○○も××もすごいよね~!」
「だろ?」

「褒めると××は調子に乗るよ」
「…………」


夕日差す帰り道。

三人に、相談することはできなかった。




・・・




異変が出たのは、それから三日後。


「…………!」

いつも通り、朝ご飯を食べようとした時だった。

ご飯が、飲み込めなかった。

喉が、飲み込むことを拒むような感覚。

やっとの思いで飲み込んだと思ったら、どうしようもない気持ち悪さに襲われて全部吐き出してしまう。

次の異変は、その日の夜。

”いつも通り”の一日を終えて、眠ろうとした時。

時計の針の音が以上に大きく聞こえて、目を瞑ることもできなくて。

寝ないと、寝ないとって思うほどに私の意識は冴えていく。

どうして寝れないの?

不安が、私を飲み込む。

無理やり目を瞑ると、瞼の裏に映るのは落書きだらけの私の机。

意識せず、私は涙をこぼしていて、気が付いた時には朝日が昇っていた。





・・・





「○○くん迎えに来たよ」
「…………行きたくない」

その日の午後、私は精神科に行った。

睡眠障害と、摂食障害。

うつ病と、診断された。

誰にも相談できない。

誰とも話したくない。

日々をただ浪費してくだけ。

それに恐怖を感じているけれど、何もできない。

うつ病の原因は確実。

転校も考えた。

だけど、どうしてだかそれは嫌だった。

それを失ってしまったら、私は本当に壊れてしまうと思ったから。

解決策のない、堂々巡り。

空気の音がうるさい。

目を瞑ったって嫌な夢を見るだけ。

どうしたらいいの。

どうすれば救われるの。

誰か。

助けて。




・・・




「アルノ、起きてる?」

二日くらいが経った日、ドアの向こうからの声がした。

○○だ。


「あ、出てこなくてもいいよ。無理は禁物だから」


なんで。

私なんかのために、練習時間を削らないで。


「今、僕の練習時間の心配したでしょ。しばらくコンクールないし、そこは大丈夫」

部屋に入ってくるでもなく、一方的に○○が話すだけ。


「おーい、アルノ~。来たよ~」
「ゼリーとか買ってきたから、気が向いたら食べてな」

○○の話を聞いていると、外がどんどん騒がしくなってくる。

咲月の声。

××の声。

失いたくない、みんなの声。

私にとっての、”日常”。




・・・



××は部活が忙しいからまちまちしか来れなくて、〇〇と咲月は毎日くだらない会話をドアの前でしてくれていた。

しばらくそんな日々が続いたある日のこと。

その日は、○○だけしか来られなかった日みたいだった。


「音楽療法ってのがあるらしいんだ。だから、うちの防音室の前とかでいいから僕のピアノ聞いてみない?鍵は空けておくから」


それだけを言い残して、ドアの前は静かになった。

○○の家は隣。

そのくらいだったら、私でも外に出られるかな。

そっと、ドアを開ける。

お母さんもお父さんも仕事でいない。

パジャマのまま外に出て、○○の家の玄関をくぐった。

防音室から微かに漏れるピアノの音色。

しばらく聞いていないうちにものすごく上手になってる。

私は防音室の前に座り込んで、○○のピアノを聞くことにした。

落ち着くなぁ。

なんだか、楽になった気がしてきた。

頬を一筋の涙が伝い、それをぬぐった私は、気が付くと防音室の扉を開けていた。


「アルノ……!」

驚いた顔の○○。

嬉しそうな顔の○○。


「久しぶり」
「ごめん。迷惑かけて」

「そんなこと無いよ。座って」


○○がピアノの傍らに椅子を持ってくる。


「なんで私のために、ここまでしてくれるの?」
「おばさんから、もしかしたら転校するかもって聞いてさ。そんなの嫌だなって、三人で話したんだ」

「わ、たしも……」

ぽろりと、涙がこぼれた。


「私も……みんなと離れ離れになりたくない……」


三十分くらいかな。

私は、○○の背中に顔をうずめて泣いていた。

○○は、何も言わず、優しいピアノの音色を奏でていた。


「○○、私……明日から学校行く。保健室登校からになっちゃうかもしれないけど……頑張るよ」
「うん。何があっても、僕たちがアルノを守るよ」

そう、○○が力強く言ってくれたことが私にとって何よりの心の支えだった。




・・・




「おはよう、アルノ」
「お、おはよう......」


怖い。

あの場所にもう一度行くのが、どうしようもなく怖い。


「手、繋いでく?」
「そ、それは別に……やっぱ、ちょっとだけお願い」


○○の左手に、私の右手が包み込まれる。

優しく、温かい○○の手。

ちょっとだけ、私の中の不安が取り除かれる気がした。


「授業終わったら迎えにいくよ」
「ありがと……。あ、もう着く……」


私は、パッと○○の手を放す。

途端に、命綱が無くなってしまったかのような感覚に襲われる。

手が震えて、視界が狭まる。


「僕の後ろ、歩きなよ」

私は言われるがまま○○を盾にして昇降口を抜けて、保健室まで辿り着く。


「じゃあ、また放課後ね」

手を振る○○を見送って、私は保健室のベッドの上に寝ころんだ。

返しきれない、○○への恩が出来ちゃったな。




・・・




三年生になって、あの子たちとは別のクラスになったことで私は徐々に教室への登校を再開した。

それが出来るようになった一番の理由は、○○と同じクラスになれたから。

私の、命綱が近くにあったから。

この頃、〇〇はいつも以上にお見舞いに行くことが多くなった。

どうやら、お父さんの体調があまりよくないらしく、それに付随して○○のコンクールへの出場も増えていった。

「最近、○○凄いよな……」
「しっ!もうすぐ○○の番だよ」

照明に照らされたステージの上。

黒く、光を反射するグランドピアノの前に○○が座る。

その指から奏でられる音楽は、今回のコンクール出場者の中では群を抜いていた。

その音は、鮮やかで、繊細で。

それでいて……

全日程が終わって、結果が張り出され、○○は見事に一位だった。


「凄いね、○○!今回も一位だ!」
「ありがとう、咲月」

「このままなら、お前の志望する音楽科の高校にも行けるんじゃねえの?」
「まだまだ、実績を積まないと」

「○○、音楽科行くの!?私、聞いてないんだけど!」
「わ、わたしも……」

どうやら、○○が県外の有名な音楽科がある私立高校を志望するというのは、××だけに相談していたらしく、まだ黙っていたかったであろう○○は××に対してジトッとした視線を向けていた。


「ま、まあ、今日はよかったじゃん。お父さんのお見舞いと報告は明日にするのか?」
「いつも通り明日かな。撮ってた映像、帰ったら送っておいて」

「おう」

はぁ、とため息を吐いた○○。

やっぱり、さっきの演奏の時も思ったけど、ここ最近の○○はどこか。

どこか、怖いな。




・・・




〇〇のコンクールの翌日。

隣の家の玄関が勢いよく閉まる音が聞こえて、私は思わず窓の外に目をやった。

なんとなく、胸の奥の方がそわそわする。

それは夜になっても収まらず、私は○○の様子を見に行ってみることにした。

手始めに、インターホンを鳴らしてみる。

一回目は反応なし。

二回目も、三回目も反応は無い。

不審に思い玄関を開けようとすると、案の定と言うか、鍵がかかっていなかった。


「不用心だなぁ……。お邪魔します」

一応一言断って、玄関をくぐる。

防音室から微かにピアノの音が漏れ出ていた。


「まだやってたんだ」


私が防音室のドアに手をかけると、微かに中から声がする。


「くそ……くそ……」

その声を聞いて、私の手はぴたりと止まってしまった。

だけど、ここで帰ってしまったら私はきっと後悔する。

決心して、ドアを開く。


「○○……」
「あ、アルノ……。なんで?」

「返事なかったから……。一応、インターホンは鳴らしたんだけど」


○○は息を切らして、眉間にしわを寄せていた。


「気づかなかった」


やっぱり。

この様子だと、きっとご飯も食べてないんだろうな。


「ご飯、ちゃんと食べてる?」
「今、何時?」

「もう夜も遅いよ」


○○は、携帯を確認して驚いた顔をした。

ここまで遅いとは思っていなかったのだろう。


「軽いもの作ろうか?」
「ほんとに?お願いしていい?」

「任せて。だけど、待ってる間にピアノを弾くのは禁止ね」
「わかったよ」

○○は少し不満げな顔をしたけど、私がご飯を作り終えるまでおとなしく待っていた。

ご飯を食べ終えた○○は、時計をちらりと見た。

何考えてるのかなんて丸わかり。


「ダメだからね」

きっと正解だったのだろう。

○○は苦笑いを浮かべた。


「ねえ、○○はやっぱり音楽科のある高校に行くの?」
「そうだね。ピアニストになるなら、それが近道だから。そのためには、冬までに実績を積まないと」

「離れ離れになっちゃうね......。身体は、大事にしてね」
「うん。わかってる」

「じゃあ、おやすみ」

別れた○○は穏やかな顔をしてた。

この調子なら、きっと大丈夫。




・・・




秋の頃。

葉が、散り始めるころ。


「○○……」
「その……何て言ったらいいか……」

「いいよ。何も言わなくて」


○○の、お父さんが亡くなった。

私たちと帰っている途中に、○○の携帯に電話がかかってきて。

○○が着いた頃にはもう……

お葬式の最中も、○○が涙を見せることは無かった。

それは、悲しむ余裕がなかったからなのか。

それとも、また別の感情からなのだろうか。


「○○、コンクールはどうするの?」


年を越す前くらいに、○○にとって重要なコンクールが控えていたはず。

その結果次第では、音楽科への入試が有利になるようなハイレベルなコンクール。


「もちろん、出るよ」


あぁ、あの日の○○と一緒だ。

思わず息をのんでしまうほどのオーラ。

怖い○○が、帰ってきちゃった。


「○○……無理だけはしないでね……」


その私の言葉に対して、○○からの返答は無かった。

数日後のコンクールの結果は、振るわないものだった。

毎日遅くまで家の電気が点いていたから、それだけ練習に打ち込んでいたんだろう。


「今回は、僕の完全な実力不足だよ」


なんて、○○は悲しそうに笑っていた。

異変に気が付いたのは、体育の授業中だった。

バレーボールの授業をしている男子のコートを見ていた時、○○が手首を抑えてうずくまった。

話を聞くと、コンクールの前からケガを抱えていたらしい。


「病院、行った方がいいよ」
「このくらい、大丈夫」

「大丈夫じゃない!……ごめん」

珍しく大きな声を出してしまった私に、○○は開いた口がふさがらないようだった。

後から聞くと、全治二か月。

ピアノを弾けるようになるのは年を越してからだと言っていた。




・・・




年が明けてすぐ、○○はまた新しいコンクールに出た。

手首は治ったみたいだし、また○○の演奏が聞けるんだって呑気に考えていた。

だけど、現実は違った。

粗雑な音、不協和音。

明らかに、前までの○○とは違った。

○○の表情は徐々に焦燥を帯び、しまいには演奏を中断してしまった。

そのあとは、とても声なんてかけられる状況じゃなくて、ホールからよろよろと帰る○○の背中を見送ることしかできなかった。


「○○、相当落ち込んでんな」
「夜にでも、お邪魔して元気づけてあげよ!ほら、アルノの歌とかも聞かせてあげようよ!」


二人の意見には賛成。

このまま、〇〇を放っておいたら何をしでかすかわからなかったから。




・・・




そして、夜が来た。

○○の家の電気は消えていた。


「寝てんのかな」
「ふて寝?」

「咲月じゃあるまいし」
「ねえ。鍵、開いてる」


嫌な予感がした。

○○が、いなくなってしまうような、そんな予感。


「なんか、やばそうだな」


××を先頭に、私たちが○○の家に入ると、リビングに包丁を振り上げる○○の姿があった。


「○○!」

××が慌てて振り上げた右手を抑えると、手から滑り落ちた包丁が床に転がる。

嫌な予感は、つくづく当たるんだ。


「もう、いらないだろ……こんな手……」

悲痛の叫び。

「もう……どうすればいいのかわからないよ……」


震えた声。

○○の目から零れ落ちる涙。

何も言えない、何もできない。

私の恩人である○○。

そんな○○に何もできない私は、本当に無力なんだ。





・・・




○○は、音楽科への進学を断念して私たちと同じ学校に進学することに決めた。

音楽を失った○○は、この世界に生きる意味なんてない。

そんな顔で毎日を過ごしていた。


「ねえ、アルノ」
「どうしたの?」

普段通りの帰り道。

そのお願いは突然だった。


「アルノの歌、聞かせてよ」




ーーーーーーーーーー




「アルノ、今日はありがとう」
「ううん……。私の、せいだから……」

「そんなんじゃないよ。じゃあ、また明日」


○○の背中が、玄関をくぐって見えなくなるまで私は見つめていた。

時が経ったって、私にできることなんて何もないんだ。

翌朝。


「○○おはよー!」
「朝から元気だな」

「今日から授業開始だから、こうでもして元気出してかないと!」


合流するなり、○○に突撃していった咲月。


「咲月はいつでも元気だよなぁ」
「そうだね。元気で、明るくて。羨ましいな……」

「……なんかあった?」
「ううん。何にもないよ」


やっぱり、○○の近くにいるべき人は暗い私なんかじゃない。


「二人とも遅いぞ~!」

咲月みたいな、明るい、太陽のような人なんだ。




………つづく

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