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わたしと写真

小さい頃からいまでも続いていることは、本当に好きなことなんだろうな、と思う。わたしは写真が好きだ。

高校生ぐらいの時に、両親の部屋で、わたしが幼い頃のアルバムを見つけた。生まれてすぐに抱っこされ、家族に囲まれるわたしが写っていた。思わず涙が出て止まらなくなった。

日々感謝の気持ちは持っているものの、あたりまえのような家族の存在。自分が生まれたときに喜んでくれた家族の笑顔を見て、こんなにもわたしは愛されて生きてきたんだなと思った。

生まれたての頃の記憶はもちろんない。だからわたしはその当時を思い出すことはできないが、写真を通してタイムスリップができる。それは昔聴いていた曲を聴くと、当時の気持ちを思い出す、あの感覚に似ていると思う。

子どもの頃、親にカメラを貸してもらって、自分のときめいた景色やものを気の向くままに撮っていたわたしは、大人になるにつれて写真に対する想いを強く持つようになった。そして社会人になり、写真関係の仕事に就いた。

仕事で、写真を撮りにきたご夫婦の旦那さんに「嫁のお母さんが韓国から来てて、嫁と2人の思い出を作ってあげたくて」と言われた。

その言葉で、就職活動のときに話した志望動機を思い出すぐらいには初心に帰った。誰かの思い出に携わること、喜んでもらうこと。志望動機どころか、それはわたしにとって人生の動機でもあった。働く意味を考えよう、という機会が設けられることがあるが、わたしの働く意味はそれだと思っている。単純に言うと、自分ができることで、人をハッピーにしたい。

撮影をした後、その人は嬉しそうに「ありがとう」って言ってくれて、写真を持ち帰ってくれた。本当にうれしい。ありがとうはこちらの台詞だよって思いながら「ありがとうございます」と見送った。

現代では写真という文化が日常に溶け込みすぎていて、たくさん残せる分、逆に言えばその価値に麻痺してしまうこともある。わたしは写真はずっと大切にしたいと思う瞬間や景色を、気持ちごと形に残せるところが本当に素敵だと思っている。

この仕事をしていて、同じような価値観持っている人に出会えることも嬉しいし、仕事を通してそれを人に伝えられることも嬉しい。写真を通して誰かの思い出に携われることが嬉しい。

大切な人との写真は絶対に愛しいものだと思う。今は照れてしまっても、数年後、何十年後、絶対に愛しくてたまらなくなって、「あの時楽しかったね」って、きっと一緒に写真を眺めながら笑う。一緒に写真を見て、いつでもその頃に戻れる。ちょっとかっこつけた言い方をすると、写真はその時間を永遠にできると思う。

仕事だから、もちろんいいことばかりじゃないけれど、このような人との出会いや喜びが大きくて楽しい。好きなことを仕事にできていることも、当たり前のことではないと思うので、幸せを感じている。

誰かの大切な思い出に携わることができるように、もっと技術をつけていきたいと思う。そして写真の価値により多くの人が気付いてくれたらいいな、と思う。

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