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村上春樹ミュージック辞典 No.2 秋の最初のセーター Chet Baker だれもが振り向くスウィート・プリンス

  僕がはじめてチェット・ベイカーを知った時の印象は、恥ずかしながら、「こんなスカしてるヤツのジャズは、深みがないに決まってる」だった。
 ところがある日、村上春樹の『ポートレート・イン・ジャズ』を読んで、一方的な決めつけなんじゃないかと感じて、オススメされているアルバムを聴くことに。
 実際に聴いていると、風采そのまんまスカしすぎてるくらいスカしてるんだけど、そのスカしてるところが実は、自分にない憧れの部分なんだと気がついた。
 チェット・ベイカーはジェイムズ・ディーンに似てると、村上春樹は書いてるけど、僕自身は僕の大好きなにこるん(藤田ニコル)に似てると思う。
 見栄っ張りで大胆不敵。これと決めたら一歩も引かずに打って出る勝負っ気の強さ。ちょうどプラトンの『メノン』の登場人物、メノンのように自分がなにをしてもらっても当たり前と思ってるような不遜な態度。
 若さのよさは一見、無計画で、無謀に見えても、気の強さと体力で決めたことをやりのけてしまうところだ。
 以前、エッセイでチェット・ベイカーの「All The Things You Are」を聴くと、ボクシングのセコンドの石原慎太郎が、リング上で相手と戦ってるチェット(にこるん)に「チェットー!(藤田―!)倒せー! 倒せー!」って叫んでるイメージが浮かんでくるって書いたけど、3人に共通してるのは、いつも3人の誤解を厭わない大胆不敵さにより招いてしまう、招かざる悪意と戦っている点なんだろうと思う。
 チェット・ベイカーをモチーフにした、『ブルーに生まれついて』というイーサン・ホーク主演映画がある。
 イーサン・ホークの配役は当たってると個人的には思ってて、若気の至りで一度、挫折を経験するんだけど、持ち前の気取りと正直さとモテっ気でどうにかする感じは、チェットと付合してる。
 レオナルド・デカプリオもイケメンだと思うけど、彼は良くも悪くも完璧な王子さま感が出過ぎる気がするから、イーサン・ホ―クのような正直すぎて、バカやっちゃうんだなこの男はって感じが大好きだ。スクリーンの向こうは側にいるのに、思わず放って置けない感じは、永遠の映画ヒーローだろう。
 これはストレートなたとえだけど、チェットは表参道とか、奥渋とかにいそうだ。
 僕みたいなオヤジが、「そんなカッコばっかりつけてて、将来どうすんの?」って言いたくなっちゃうような男ってあの辺にはよくいるんだけど、もし表参道でチェットにそれを聞いたら、「ん? どうにかする」って言って、颯爽と去ってきそうな感じがする。
 でもやる時はやるのがチェットで、『This Times Dream On Me』の「All The Things You Are」のラスト一周はシビれるというか、西部劇のガンマンのように、招かざる誤解や彼の持つ決して敵には背中を向けられない緊張感を乗り越える気迫は、聴いてて胸が高鳴ってしまう。
 どこにでもいるようで、滅多にいない。
 彼の抱える理解のされなさから、「あいつだれ?」とウワサされることもある。
 そんな近寄りがたさを持つ彼は、村上春樹が書いてるように、「こんなまっすぐな演奏をしてたら、どこかでぽきっと折れてしまうんじゃないだろうか」という印象そのままで、それはだれしもが感じるだろう。
 それでも大通りを歩く時は、振り返らず、物おじして周りを見渡さない彼は潔癖だ。
 マイルス・デイヴィスに見出され、早熟のまま出てきた西海岸のジャズの新星。
 麻薬に溺れなからも、暑っ苦しくない、それでもまっすぐなトランペットを吹いて、不慣れな歌までやって、その甘い声でファンを虜にしてしまう魅力。
 僕はチェットのファンだ。
 『This Times Dreams On Me』と『Silent Nights』は気取りすぎてるくらい気取ってる。特に、クリスマスソングを集めた「Silent Night」は、「どこがSilent Night. Holy Nightだ! 女性とじゃれて、さわぐ気マンマンじゃないか!」と、僕も勇気をもらってしまういいアルバムだから、ぜひ強くオススメしたい。
 
 
了 

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