相談されたので誠心誠意話したのに、イラつくときやモヤモヤするときは…

誰かから相談を持ちかけられる。
どう感じますか?
なんにしろ人から頼られることは嬉しいですよね。
それが自分が選ばれて相談されているんだ、となると誇らしく感じることもありそうです。
自分はその人から認められているんだとか、信頼されているという思いも生まれるでしょうしね。
よし、相談にたいして自分の人生経験や知識を駆使してなんとか力になってやろう、と躍起になるかもしれません。
それで相談してきた人が元気になったり、うまくゆけば自分も幸せを感じますし。

でも現実には、相談をうけた後なんだか腑に落ちないとか、イライラするとか、モヤモヤするということはありませんか?
相談をもちかけられたので頑張って考えて誠心誠意話してあげたのに、ぜんぜん伝わってない感じ、自分の頑張りはなんだったの? なぜ伝わらないの? 話が通じないの? みたいなモヤモヤ感。

もし、こう感じることがあったなら。

もしかしたら、あなたの「解決してあげたい」という思いと、相談する人の思いがすれ違っているかもしれません。
相談してくるということは、それを「解決する・解決したい」と思うのが当然で、そんな当たり前のことに齟齬があるなんて思いもせずに、解決にむけて一生懸命になります。
でも、相談をもちかけてくる人は、解決などする気もなくただグダグダ言っていたいだけ、ただ愚痴を聴いて欲しいだけという状態かもしれません。
そうであれば、相談する人と相談をうける人の思いがすれ違っています。
当然あなたのアドバイスがいくら的確であっても聞かれることはなく、というか、そもそも聞いてないし、聞く気もない。
例えを替え、言葉を替え、なんとか伝えようとしても聞く気がないので絶対に伝わりません。
もちろん、そうした相談する人の態度はあなたにとって面白くありません。
このすれ違いがイライラ・モヤモヤの原因という場合も多いでしょう。

グダグダ言うだけ、解決したくない人の相談など、相談ではなくもう聞いている意味はない、と思うでしょうか?
まあ思っても仕方ないですね。
もともと浅い関係なら、一度のグダグダで縁が遠くなるかもしれません。
でも、長いスパンで考えるなら、相談をする人の「今は」そういう状態なのかもしれない、と考えられるかもしれません。
相談されたあなたが勝手に、今、的確なアドバイスとそれを聞き入れた的確な行動をして問題を解決する時と設定しているだけで、相談する人にとって実はそこに至るずっと以前の状態なのかもしれません。

まあ、そもそも他者の言う「的確なアドバイス」はいくら世間的に的確であっても、相談する本人が自ら納得しなければ的確にはなりません。自ら納得するのは、自らの裡から発露した自ら納得した解決で、それが世間的の的確と異なっていても、その本人の的確となります。
その的確にたっするプロセスの最初の段階では、グダグダ言いたい、ただ愚痴っていたいということもありますしね。

もし、あなたが相談されてイライラしたり、モヤモヤしたりするときがあったなら、この相談者がみずからの解決にたどり着くまでのどの段階のプロセスかを考えるのがいいかもしれませんね。
それと、相談されるということは、あなたが的確なアドバイスを授けるということではなくて、相談者自らが自身にむけた解決、進む方向を見出すのに寄り添う、付き合う、ということなんだと「相談」そのものにたいする認識を改めることも考えられます。

そんな面倒なことはやってられるかぁ〜!! というのも当然ありです。
その時はそもそも相談を受けるのを断るのがいいのでしょう。あなたはイライラしなくてすみますし、相談をする人にとってもむしろそちらのほうが本当の解決の近道なのかもしれません。

(このnoteは自分に対して言ってます、笑)


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