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悲しみを背負って生きるために仕事はあるーミニ読書感想『黄金列車』(佐藤亜紀さん)

佐藤亜紀さんの歴史小説『黄金列車』(角川文庫、2022年2月25日初版)が面白かったです。MARUZEN &ジュンク堂渋谷店が閉店する直前、「スタッフが最後に売りたい本」として紹介されていた一冊。手に取って本当に良かった。

タイトル通り、第二次世界大戦末期のハンガリーで(ドイツの支配下)、ユダヤ人から収奪した資産を積んでオーストリアまで運んだ「黄金列車」がモチーフ。歴史史実が主題ですが、秀逸な仕事小説として読むことが可能な物語でした。


本書を仕事小説として読む方法は、杉江松恋氏による解説で触れられている。杉江氏は本書について「矜持を持って生きることについての小説である」(p381)と指摘。黄金列車を付け狙う悪党らから、主人公ら運行管理役の官僚らがあの手この手で財産を守る、「役人としての矜持」を描いた作品だという見方を提示します。

自分が感じた本書の仕事小説としての魅力は少し違いました。それは矜持よりも、「苦しい日々の支え」としての物語でした。

以下、本書のネタバレを含みます。





本書の主人公は前述の通り、黄金列車を運行管理する役人。そして、積んでいるのはユダヤ人から不当に没収した財産です。主人公の仕事は、ユダヤ人から奪ったものを守るという、歪んだねじれを内包したものでした。

そして事態をさらに複雑にするのは、実は積んだ黄金の中に、主人公の友であったユダヤ人の資産も含まれること。本書では、物語の合間に編み込まれるようにして語られる主人公のモノローグから、そのユダヤ人の友との交流と、破局が浮かび上がってくる。

友から奪った宝物を守る仕事。それは本来、自己を引き裂きかねない苦しい仕事です。しかし、主人公の過去を知るごとに、この印象は変わる。むしろ、主人公は苦しい過去を背負って生きるために、この官僚的な仕事を必要としている。もしもこの仕事がなければ、糸の切れた凧のように主人公は飛び去ってしまうだろうことがひしひしと伝わる。

この主人公の痛々しい姿を見る中で、そもそも仕事というのはそうした「重し」の面があることに気付く。人生をつなぎとめる重し。苦しみながらも生きるために、私たちはそうした重しを必要としている。

戦時下で生きた人たち。彼らはとりわけ、生きるための重しを必要としていた。生きるために仕事を必要としていた。そう思えます。

そうした仕事のありようも、ある。それで良い。やりがいでも、自己実現でもなく、生きるためにこそ仕事をしていこうと背中を押されます。

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