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幸せ志向を脅迫的だと感じる人へーミニ読書感想「ハッピークラシー」(エドガー・カバナスさん、エヴァ・イルーズさん)

心理学者エドガー・カバナスさん、社会学者エヴァ、イルーズさんによる「ハッピークラシー 「幸せ」願望に支配される日常」(みすず書房2022年11月1日初版、高里ひろさん訳)が面白かったです。テクノクラシー、メリトクラシーなどの言葉があるように、ハッピークラシーは「幸せ至上主義」「幸せ支配」とも言える造語。ポジティブ心理学など近年の前向き志向を痛烈に批判します。「市場価値を高める」といった昨今のバズワードをどこか「脅迫的」だと感じる人にとっては、とても学びになる一冊だと思います。


なぜ私は、ポジティブ志向に違和感を持つのだろう。自分を改革し、市場価値を高め、この社会で有用になるんだ!という言説に反発するのはなぜなのだろう。

本書を読むと、その違和感に形を与えることができるようになる気がしました。たとえば、以下のようなくだり。

問題なのは、ポジティブであることが専制的になり、人々の不運の大部分と事実上の無力は自業自得だと言い放つときだ。それがいかに近視眼的で裏づけもなく不当な決めつけであっても構わずに。さらに問題なのは、こうした態度は経験的・客観的な証拠にもとづいているという幸せの科学の主張だ。誰の苦しみも自業自得の世の中では、哀れみや思いやりに居場所はない。誰でも本来、逆境を強みに変えるのに必要なメカニズムを備えていると言われる世界なら、不平を口にすることもできない。
「ハッピークラシー」p192-193

専制的な幸福。これがいまの風潮に感じていることなのだと分かりました。つまり、幸せになることは科学的に可能で、それに背を向ける人は単に愚かか怠惰であり、「自業自得」だとでも言わんばかりの高圧さが嫌なのです。

本書は、1990年代から勃興したポジティブ心理学が現代のコーチングやセラピーにつながっていることを明らかにします。こうした自己肯定感などを高めるサービスは「感情商品(エモディティ)」と呼ばれ、大きな市場となっている。つまり、ポジティブ心理学と新自由主義経済は非常に相性が良い。

それだけに、ポジティブ心理学はエモディティを利用せずに幸せにならない消費者に対しては冷たい。ここに「自業自得」性がにじむ。

しかし、エモディティはさまざまな問題の原因を内面に向かわせる副作用がある。このため、会社が悪いとか、社会が悪いとか、外的要因の課題究明や、その制度改善には目を向けにくい。ともすれば、社会の諸課題の責任を経営者から労働者に移転、なすりつけることになる。本書はその欺瞞を喝破します。

この動きは現実ですでに加速してはいないでしょうか?自分にできることをやらずに、「文句ばっかり」だというのは、社会に批判的な目を向ける人に対する当て擦りとして定番です。

引用箇所にもあるとおり、専制的な幸福はこうした批判的思考を抑圧するのです。「文句を言う前に行動しろ」「チャレンジしろ」と。

本書を読み、やはり現代の幸福論には絡め取られないぞ、という気持ちを新たにしました。もちろん、幸せにはなりたいけれど、「幸せにならされる」のを良しとしては、あまりに悲しいですから。

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