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現実直視眼ー読書感想#12「ソロモンの指環」

動物行動学者コンラート・ローレンツさんのエッセイ「ソロモンの指環」が面白かったです。本書の学びは「動物はむちゃくちゃ合理的だ」ということ。ローレンツさんはどうやってその合理性を見抜いたかと言えば、ひたすら動物を観察した「現実を直視する眼」が発見をもたらすことを本書は教えてくれます。


カラスは目玉を突かないが、小鳥は突く

現実を直視する眼を持たずに動物の行動を考えると、「人間のイメージ」を押し付けてしまう。それは誤りなんだ、という話がとても面白い。

たとえば、オオカミ。弱肉強食の象徴的なかっこいいフォルム。獲物に容赦しないように、仲間同士でも激しい闘争がありそうに思える。でも、実はオオカミは身内で殺し合わない。同様に、光物が大好きなカラスは、だけども決して仲間の目玉を突いて奪ったりはしない。

一方で、鳩は仲間の目を突く。平和の象徴である鳩が、です。なぜなのか?それは、オオカミやカラスの行動は「致命的」になりうる一方で、鳩があの小さなクチバシで目を突いても「軽い」からだといいます。つまりオオカミやカラスは、強い「武器」を持った分だけ、自制心も育っている。そうしなければ、オオカミ同士、カラス同士で滅ぼしあってしまうからです。

ローレンツさんはこれを「社会的抑制」と呼びます。驚くべきことに、「抑止力」という概念を持っているのは人間だけじゃない。


犬は「言葉が理解できないからこそ」賢い

犬についての考察も面白い。ローレンツさんとある人物が机を挟んで向かい合う。その人物が、ローレンツさんをイラッとさせる言動を放つ。すると、何も言っていないのに、飼い犬が相手の尻を噛んだ。なぜ犬は、飼い主の心を正確に見抜いたのか?

それは、犬が「話を聞いていたから」ではない。「心が通じ合ったから」でもない。犬は「言葉が理解できないから」こそ、「言葉以外の情報」を必死に読み取って、飼い主の心情を慮ったからだと、ローレンツさんは言います。

犬は決して人間と同じようには意思疎通できない。だからこそ、犬なりのやり方で、人間社会で必要なコミュニケーション能力を獲得している。


「擬人化」と「現実」を切り分ける

ローレンツさんは動物の「動物離れした」能力を見抜く。でも、「犬は人間を分かっている」などと安易に「擬人化」には走らない。そこの差を峻別し、切り分ける能力こそが知性だと感じさせてくれます。

擬人化と動物が本来的に備えた合理性の差を、ローレンツさんは「前人間的」「動物的遺産」といった言葉で明快にしてくれる。

 こんな表現をしても、私はけっして擬人化しているわけではない。いわゆるあまりに人間的なものは、ほとんどつねに、前人間的なものであり、したがってわれわれにも高等動物にも共通に存在するものだ、ということを理解してもらいたい。心配は無用、私は人間の性質をそのまま動物に投影しているわけではない。むしろ私はその逆に、どれほど多くの動物的な遺産が人間の中に残っているかをしめしているにすぎないのだ。(p99)

オオカミの思慮深さを、犬の賢さを、「人間らしい」と思うこと、そこで納得することはきっと心地良い。それをエッセイにすれば、数多くの動物愛好家から支持されるだろう。でも、ローレンツさんはそこで立ち止まらなかった。動物が「実際に何をしているのか」を重視した。それは、本当に動物が好きだったからだ。

考えること。見えたと思っても、まだ見ようとすること。見習いたいと思います。(日高敏隆さん訳。ハヤカワ文庫、1998年3月31日初版)


次におすすめする本は

渡辺佑基さん「進化の法則は北極のサメが知っていた」(河出新書)です。渡辺さんは野生動物に小型の計測機をつけて生態を観察する「バイオロギング」という研究手法のスペシャリスト。ローレンツさん並みの意外な動物のアクションを見れます。


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