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今後5年ずっと楽しめる英国ミステリーーミニ読書感想『ナイフをひねれば』(アンソニー・ホロヴィッツさん)

アンソニー・ホロヴィッツさんの「ホロヴィッツ&ホーソーン」シリーズ第4作『ナイフをひねれば』(山田蘭さん訳、創元推理文庫2023年9月8日初版)が、またもやページターナーでした。読む手が止まらない傑作。英国の著名作家、ホロヴィッツさんが「本人役」で主人公となり、架空の探偵ホーソーンと殺人事件に巻き込まれていく本シリーズ。解説によると、全部で10作品程度が予定されていて、今後5年はずっと味わい続けられる極上のスルメイカ・ミステリーです。


日本で言えば、東野圭吾さんが「東野圭吾」を主人公にミステリーを描いているようなもの。しかも、著者本人だけでなく、妻ら家族、エージェントなど周辺人物や住環境までかなりリアルに記述している。「半・ノンフィクション」的な作品です。

一方で、元刑事で謎に満ち、ニヒルな探偵ホーソーンは唯一と言っていい架空人物。ホロヴィッツのリアルな生活に、この巨大な「嘘」がミックスされることで、物語のブラックホールは大きな口を開く。

私が最大の魅力だと感じるのは、本シリーズの「小洒落感」です。本作では冒頭、ついに各作品のタイトルに込めたミーニングが開示される。一作目は『メインテーマは殺人=ザ・ワード・イズ・マーダー』、二作目は『その裁きは死=ザ・センテンス・イズ・デス』、三作目は『殺しへのライン=ア・ライン・トゥ・キル』。そして、本作は『ナイフをひねれば=ザ・ツイスト・オブ・ア・ナイフ』。四作に共通するのは?

それは「作家と探偵」。作家が扱う言葉に関連する、ワード、センテンス、ライン、ツイスト。探偵が向き合う事件を示す、マーダー、デス、キル、ナイフ。しかも、たとえば本作は「古傷を抉る」という意味の慣用句でもあるそう。リズム感もバッチリで、二重三重に洒落ている。

こうした遊び心は、作中の文章にも練り込まれている。たとえばこんな感じ。

 「真実なら、わたしはもう知ってますがね、オールデン夫人、あなたと同じく。わたしはただ……」ちらりと馬上の少佐の写真を見やる。「……当事者の口から(フロム・ザ・ホースズ・マウス)、その真実を聞きたかっただけで」

『ナイフをひねれば』p336

馬上に乗る男と、英語で「馬の口から」となる「当事者の口から」の慣用句をかけている。

本シリーズはいわゆる、フーダニット、犯人当てミステリー。登場人物の誰かが犯人で、その人物は探偵ホーソーンとの会話の中で、必ず何らかのボロを出している。つまりこうした遊び心に満ちた文章、言葉の一つ一つが、読者にとってのヒントなのです。小さな伏線が見逃せない。

一体誰が犯人なんだ!という焦燥、ドキドキ。それが止まらなくて、ページをひたすらめくってしまう。

それでいて、本シリーズは読んでも読んでも解けない謎を用意している。それは「ホーソーンとは何者か?」。なぜ警察を辞めることになったのか。また、私生活も謎に包まれている。作家ホロヴィッツ(本人)は、この不思議だらけの相棒(架空)の人生に迫るべく、毎作品、亀の歩みを続ける。そのジリジリした足取りも読者を惹きつける。

洒落と謎。その味わいは、毎回極上です。

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