見出し画像

岸田奈美さんが勧めてくれるだけある傑作エッセイーミニ読書感想『弟は僕のヒーロー』(ジャコモ・マッツァリオールさん)

イタリア発のエッセイ『弟は僕のヒーロー』(ジャコモ・マッツァリオールさん。関口英子さん訳、小学館文庫、2023年12月11日初版発行)が胸に残りました。ダウン症の弟との日々、衝突や葛藤、そして学びを初々しい10代の感性で届けてくれた本。あの岸田奈美さんが「お守りみたいな本」と激勝されていたのを知り、手に取った本でした。

主人公は著者自身。思春期を迎え、ダウン症の弟の存在を「恥ずかしい」と思って隠していたことが赤裸々に語られます。そんな彼の心を溶かしてくれた一人が、弟とは別のダウン症当事者。彼のこんな言葉は、私の胸にも強烈なパンチラインとして残りました。

彼は「自分は自分を差別する人間に感謝している」というのです。そのこころは。

あいつらのおかげで、僕は自分を好きになれたってことをだよ。おかげで僕は、僕のことをいじめる連中みたいに生まれてこなかったことを神に感謝するようになったんだ。だってそうだろ?  あいつらの運命のほうがよっぽど悲惨だ。なんてったって心がないんだからね。

『弟は僕のヒーロー』p221

差別する人間のおかげで、「自分は差別する人間のようには生まれなかったんだ」と神に感謝できる。なんという発想の転換かと思いました。

しかし確かに、彼の言うとおりなのです。差別される人間はもちろん過酷である。それは綺麗事ではない。でも、差別する人間の運命の方が「よっぽど悲惨」ではないか。

わたしは子どもが発達障害だと指摘されてから、障害に対する見方が変わりました。それまであった偏見が少しずつですが、氷解していきました。同時に、世間の厳しい声も見聞きします。それらが自分ごととして、胸に突き刺さる。

しかし傷付く私は、少なくとも、傷付ける私ではない。誰かを差別し、下に見て、貶め、足蹴にするような、そんな人間になることは回避できている。痛みは私の運命を変えてくれたのかもしれない。

差別されるよりも、差別する人間の運命の方が悲惨だ。確かにそうです。そして、私たちの運命はいつでも、その日さんの方に転がる可能性がある。逆に、差別される側に寄り添える可能性もある。

彼は他にも、ウイットに富んだ見方を主人公と読者に教えてくれる。

「でも、いまは君の話をしてたんだ。君にだって、なにかできないことはあるはずだけど?」
 僕は少し考えてから言った。
 「アイロンがかけられない」
 「ほらね!」ダヴィデが笑顔で言った。「アイロン症候群だ。言っとくけど…」

『弟は僕のヒーロー』p220

アイロンが苦手な主人公は「アイロン症候群」だ!そう、人にはそれぞれ出来ないことがある。苦手なことがある。それが障害とラベリングされるものもあれば、そうでないものもある。

私は急な予定変更が苦手。きっと「予定変更症候群」です。妻にも、わたしの母にも父にも、それぞれの症候群があるでしょう。

岸田奈美さんがおすすめしてくれるだけあります。この本は柔らかくて、クスリと笑えて、そして心が少し温かくなります。

この記事が参加している募集

万が一いただけたサポートは、本や本屋さんの収益に回るように活用したいと思います。