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正しい問いに向かうーミニ読書感想『THINK BIGGER』(シーナ・アイエンガーさん)

『選択の科学』で一世を風靡したシーナ・アイエンガーさんの最新邦訳『THINK BIGGER』(NewsPicksパブリッシング、櫻井祐子さん訳、2023年11月20日初版)が面白かったです。知的興奮に溢れている。そして勇気が湧く本です。ビジネスにおけるイノベーションの技法、いわば「イノベーションのイノベーション法」を提示していますが、発達障害の子を育てる親として学ぶことがたくさんありました。


大切な部分は『選択の科学』に通じます。著者は選択の重要性と奥深さを誰よりも知っているようです。ポイントはひとことで言えば「戦略的模倣」。こんな文章があります。

あらゆる成功したイノベーターと同様、彼らがやったのは、ひとことで言えば「戦略的模倣」である。成功事例を学び、そこから有効な部分を抽出し、それらの新しい使い方を模倣し、そしてそれらを組み合わせて、新しく役に立つものを生み出したのだ。

『THINK BIGGER』p41

米国を象徴する「自由の女神像」はどうやって誕生したか?ピカソはなぜ、独創的な作品を生み出せたか?フォードはどうやって自動車を大衆化したか?ーーこれらのイノベーションに共通するのは戦略的模倣、つまり「誰かのグッドプラクティス」を吸収し、それをうまく組み合わせる工夫を実践したのだと、著者は分析します。

この実例がどれも面白い。たとえば、フォードの効率的な生産工場。実はこれ、食肉加工場を参考にしたんだそうです。人間が動いて車を組み立てていくのではなく、フックに吊り下げた食肉が動くように、車がレーンを動く。それを止まった人間が作業することで効率よく組み立てる。フォードは、全く異分野の食肉を戦略的模倣したのです。

もしもフォードが自動車だけに視野を絞っていたら、このイノベーションは生まれなかった。「フォーカスしすぎるな、視野を開こう」という教訓を、子育てでも意識したいと感じました。

特に子どもに障害があり、「普通と違う」ことを意識すると、「この子はどうすれば普通に近付けるのか」と思ってしまう。でも、そうやって子どもにフォーカスを絞るのは子どもにとっても重荷だし、著者の理論によれば、イノベーションが生まれる余地も少ない。

むしろこうやって、まさにこうやって、ビジネス関係の本を読んだら、子育てのヒントをもらえるわけです。

著者は、視野を広く重要性を「間違った課題を解決しない」という言い方でも説明しています。

オハイオ州立大学の経営学者ポール・ナットが、過去20年間に358社の企業が下した事業上の意思決定を調べたところ、そのうち半数が、間違った課題を解決しようとしたせいで失敗していることがわかった。なかでも多かった間違いは、解決策を押しつけることだった。たとえば、「この新技術をどう活用すべきか?」など。技術は課題を解決するためにあるのだから、課題を定義することが先に来るべきなのに。

『THINK BIGGER』 p126

間違った課題というのは面白いフレーズです。一見すると、間違っている/正しいの尺度は解決策の方に当てはまりそうですが、たしかに課題設定を誤ったら、ますます話は拗れる。

先に書いた「障害のある我が子はどうすれば普通になるか?」という問いの立て方も、きっと間違った課題設定の最たるものです。生きる目的は、普通であることは決してない。重要なのは我が子が幸せかどうかです。もちろん、普通であれば差別されず、生きやすいのはそうだとしても。

正しい課題に向き合う。そして、周りを見渡して、臆せず真似る。もしかしたら、著者も中途失明という困難を体験したからこそ、障害のある人の生き方にとって、それを支える家族にとって、大切なヒントになる言葉を紡いでくれたのかもしれません。

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ここからは余談ですが、訳者の櫻井祐子さんが邦訳された本はどれも知的刺激に溢れています。歴史学に興味がある方は、『自由の命運』がおすすめです。



『上流思考』という本では、本書『THINK BIGGER』に通底する問題意識を深められます。問題の対応に向かう時は、川を遡上するように上流を意識しよう、という話です。

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