なぜ東京大空襲は選択されたのかーミニ読書感想「ボマーマフィアと東京大空襲」(マルコム・グラッドウェルさん)

ノンフィクション作家マルコム・グラッドウェルさんの「ボマーマフィアと東京大空襲」(櫻井祐子さん訳、光文社)が大変興味深かった。一夜にして10万人の市民の命が奪われたとされる東京大空襲。この惨事がなぜ起きたか、米軍側の政策決定過程に焦点を当て、解き明かす。再びくる終戦の夏に向けて、この本を読めてよかった。


本書は「東京大空襲に何の関心もない米国人向け」に書かれているのが特徴だ。これは日本でも同様だとは思うが、米国にとって第二次世界大戦はパールハーバーのような自国の被害が関心事。敵国であった日本に何をしたかは影が薄いし、それに関する本を届けるのは難しい。

この前提に立つからこそ、本書は非常に丁寧な語り口になるし、読者にとっては時に迂遠にすら感じるかもしれない。ただ、たとえば日本による南京大虐殺のように、本当は直視すべき戦争加害に向き合うことを選択した本として非常に意味がある。日本に生きる者としても、ありがたいというか、見習わなければならないと思う。

伝えるための方法として、著者は東京大空襲に至る道のりを人間と人間のドラマとして描いた。訳者のあとがきによると、これに関しては学術的な精密性の観点から批判的な意見もあるそうだ。ただ、このドラマはやはり面白いし、非常に読ませる。

それは、ピンポイントで敵国の戦術拠点を叩き市民への被害を最小限にする「精密爆撃」を目指す軍人と、目の前の戦争を終わらせるために「無差別爆撃」をせざるを得ないと考える軍人との綱引きだった。

第二次世界大戦が起こる以前の段階から精密爆撃が検討されていた事実に驚いた。陸軍、海軍に比べて後発組織だった空軍だからこそ、技術的なチャレンジに意欲的だったのだ。彼らは「ボマーマフィア」と呼ばれた。

しかし、理想の実現は簡単ではなかった。先に対独戦で精密爆撃が試行されたが、なかなかうまくいかない。その過程でパイロットの撃墜被害も重なった。だからこそ、実現可能な選択肢としての無差別爆撃でいいではないか、と考える人も当然出てくる。

自分だったらどうだろう?と思わされる。これは仕事においても同様だ。今より良い仕事の形を求めること、より社会に貢献しようと考えることは尊い。だけれども、それだけでは日々のタスクはこなせない。究極的には日銭を稼げなくなる。だとしたら、仕事における矛盾を引き受けて、清濁合わせ飲むことも必要になる。

本書では無差別爆撃を薦めた軍人は批判的に描かれているが、ただのサラリーマンからしたら同情的な気持ちも湧く。同時に、それは無差別爆撃を許容することになるわけで、そんな発想をよしとする自分に戦慄する。

戦争には、こんなにも人間的なジレンマがある。

東京大空襲は避けられなかったのだろうか?ボマーマフィア側のやり方次第では、あるいは無差別爆撃是認派との綱引きでもう少し歴史のイフがあれば、それもあり得たのかもしれない。

次の戦争の影がちらつく現代である。私たちは更なる惨禍を招かないために、答えのないジレンマに向き合う必要がある。本所は格好の水先案内人になってくれる。

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