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自分本位を抜け出すーミニ読書感想『再婚生活 私のうつ闘病日記』(山本文緒さん)

山本文緒さん『再婚生活 私のうつ闘病日記』(角川文庫、2009年10月25日初版発行)を興味深く読みました。タイトルにもある通り、小説家の山本さんがうつ病真っ只中だった頃の日記。回復の過程がリアルに、だけど「山本節」のユーモラスさで描かれています。


日記は大きく前編・後編に分かれていて、その違いにびっくりします。前編は、うつ病の入院治療を終えて退院した直後や、なんやかんや辛さはあり再入院した時期。たいして、後編は再入院を終えてから数年後の、うつ病からかなり回復した時期です。

前編では、著者は豪放磊落という感じ。何軒も飲み歩き、好きなものをバクバク食べ、タバコをすぱすぱ。「うつ病の方ってこんなアクティブなの?」と驚きます。でも、ハメを外した後は盛大にダウンしている。

だけど後半は、とーっても静か。なんと酒もやめているし、タバコも吸わない。著者はバツイチ再婚後はパートナーの「王子」と別居婚だったのですが、後編では同居もしている。

ああ、回復には落ち着いた生活が欠かせないんだな、と痛感します。酒池肉林を楽しめるのは、回復の証ではない。むしろそうした荒れた生活が、心を痛めつけていたのだと後々著者自身も述懐している。

この点、精神科医大平健さんが解説で的確に指摘しています。

自分を大切にしつつ、他の人に親切にするというバランスの取れた生活。こうした生活は、自分のキャリア・自分の楽しみ・自分の快適さにばかり目がゆくようになった現代にあっては、あまり目を引かないことかもしれません。しかし、主人公は、自分の内面を見つめて、それを表現することを仕事にする自分には、この自分のことだけでなく周囲の人をも大切にするというバランスこそが、信じるべき〝幸せの条件〟だと、あらためて気付いたのではないでしょうか。

『再婚生活 私のうつ闘病日記』

バランス。自分、自分、自分ではなく、周囲と自分とのバランスをとる生活。それが、特に表現者である小説家にとっての「幸せの条件」だと。

現代はさまざまな場面で承認欲求が駆り立てられます。自分、自分、自分になりやすい。それは、うつ病と隣り合った社会といるのかもしれません。

病は気からならぬ、生活から。しかも、自分本位から抜け出した生活から、なのでしょう。

著者の山本文緒さんは2021年に永眠され、その最期の日々も日記にし、出版されています。その日記『無人島のふたり』も傑出した作品です。

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