今の人間だけが人間じゃないんだと「人間たちの話」を読んで思う(本の感想#8)

柞刈湯葉さんのSF短編集「人間たちの話」が勧めて回りたいほど面白かったです。収録6作品はいずれも、人間じゃない何かや、現代じゃないいつかの話。ある人間は地球外の生命体との交流が当たり前になった時代にラーメンを作り、ある人間は透明で誰にも見えない。荒唐無稽で、だけど「日常の匂い」がする。肩肘張らない世界観で、「今の自分たちだけが人間じゃないんだな」と気が楽になる。


実際、監視社会だったらこうかもな

特に好きなのは「たのしい超監視社会」でした。柞刈さんの「あとがき」にもある通り、ジョージ・オーウェル氏の「一九八四年」を下敷きにしたディストピア小説です。主人公の小説家志望の学生・薄井は相互監視、全行動監視、敵対国へのヘイトにまみれた社会に生きている。でも、全然楽しい。その脱力さが意外で面白い。

たとえば「三分間ヘイティング」。街頭でいきなり敵対国を批判し、自国の「総統」を称える合唱が起こるのだけど、違うのはこの後。

 〈得点:30284(東京地区9位 全国1013位)〉
 とスコア表示され、群衆がざわざわと騒ぐ。
 「あーっ、惜しい」
 「もうちょいで全国三桁だったのに!」(p68)

薄井の生きる社会では、三分間ヘイティングがゲームになっている。そこに悲壮感はない。本気のヘイトもない。国が強いる政策を「なあなあ」に流して、そこそこ楽しく生きている国民の姿がある。実際、監視社会だったらこうだよなあ、という納得感があります。

もちろん、ここで立ち止まってみても面白い。監視社会を監視社会として問題視できない社会というのは、実はとんでもないディストピアとも言えるから。


大丈夫、きっとこの先も人間だ

「宇宙ラーメン重油味」も良い。銀河間の交流も当たり前となった時代。地球人キタカタ・トシオは小惑星都市エキチカで「消化管があるやつは全員客」をポリシーにラーメン屋を開いている。

タイトル通り、重油を食べる惑星種族には重油味のラーメンを出す。トシオのスタンスは明快で頼もしい。

それぞれの星の生物種に合わせた必須元素や有機小分子を粉末化して、客が好みに合わせてアレンジできる。地球人が「グルタミン酸」をうまみと認識するように、進化の原則にもとづいて考えると、その生物に必要な物質は「うまい」というのがトシオの基本理論だ。(p179)

重油味のラーメンなんてラーメンじゃないと言ってしまえばそれまでだ。でも地球人にとってのグルタミン酸が、他の惑星人にもあると考えられれば。それが工業物質なら、実験室のような店にして使いこなそうと考えれば、宇宙時代でもラーメン屋は成立する。

ああ、大丈夫だな、と思えてくる。時代は変わっていくだろうし、その変化は想像を超えたものになるだろう。でも、人間はきっとこの先も人間だ。知恵を働かせ、想像力を駆使して、そしてちょっと気を抜いて、生きていける。柞刈さんの作品に触れると、目の前の大変な日常も生き抜けそうな気がしてきます。(2020年3月20日初版、ハヤカワ文庫)


次にオススメの本は

大森望さん責任編集「NOVA 2019年春号」(河出文庫)です。柞刈さんも参加したSF短編オムニバス。小川哲さん、飛浩隆さん、佐藤究さんら現代SFの旗手の小作品を楽しめます。「人間たちの話」が気になれば、さらに気になる作家が見つかると思います。



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