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自分を欺しそして他人を欺すーミニ読書感想「欺す衆生」(月村了衛さん)

山田風太郎賞を受賞した月村了衛さんの「欺す衆生」(新潮文庫、2022年3月1日初版発行)が面白かったです。戦後最大の詐欺事件とされる「豊田商事事件」を下敷きに、「その時の残党が、その後の社会で欺し続けたら」を空想した物語。登場人物の大多数が悪人の、悪党群像劇です。


主人公穏岐は、悪辣な「現物まがい詐欺(本当は存在しない何かをあるかのように偽って資金を集める詐欺)」で名を轟かせた「横田商事」でかつて営業マンを務めていた。横田商事の破綻を機に足抜けしたものの、同じく元社員の因幡に粘着され、やむなく詐欺の世界に再び引き摺り込まれる。

この横田商事は明らかに豊田商事を意識していて、豊田商事の事件と同じく、会長はマスコミの面前で「天誅」を掲げる暴漢に刺殺される。主人公はこの衝撃の場面を目撃し、「横田商事と同じ轍は踏まない」と固く誓います。

詐欺師なのに、「最悪の詐欺」の一線は越えたくない。この筋違いの真面目さが主人公の魅力で、悪でも正義でもない独自のキャラクターが浮かび上がってきます。

そう、それは欺瞞でしかない。詐欺を働いている時点で一線は越えているのに、「踏み越えてはいけない一線」を引く意味はない。でも実は、この欺瞞を内包することこそ、詐欺師の本懐でもある。

パートナーである因幡が、主人公に投げかけたこの言葉が象徴的です。

   「人を欺すためなら、自分を欺すことなんて簡単にできる。そういうもんだろ、人ってさ」
「欺す衆生」p43

詐欺師はなぜ人を欺せるのか?それはまず、自分を欺しているからだと因幡は言います。

つまり主人公も、「横田商事のようにはならない」という偽のボーダーを引くことで自身の行為を最悪ではないと欺し、本来許されない詐欺行為に手を染める。自己欺瞞があって初めて「欺し」に邁進できる。この点、実は生真面目に見える主人公は詐欺に向いていることになる。素質がある。

生真面目な主人公が詐欺の天才であるーー。実際、主人公は次々と修羅場を潜り抜け、詐欺界の帝王にのし上がっていく。

ここに戦慄せざるを得ません。なぜなら換言すると、「詐欺師になるはずはない」と感じる私たちもまた、詐欺師に転じる可能性がないとは言えないからです。まさに主人公はそうだったのだから。

もしも私たちが自分を欺す時。その道はいつか、人を欺すことにつながり得る。

タイトルの衆生とは、「生きとし生けるもの」という意味があるようです。これは「衆生を欺す」物語ではありません。人間はすべからく、「欺す衆生」であることを読者に突きつける物語なのです。

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