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負け戦は難しいーミニ読書感想「撤退戦」(斎藤達志さん)

防衛研究所所属の歴史学研究者・斎藤達志さんの「撤退戦」(中央公論新社)が渋くて面白かった。第一次世界大戦や第二次世界大戦、朝鮮戦争で、戦局が不利になり後退、撤退しながら戦うことになったシーンを集中して取り上げている。「負け戦」にも濃淡があり、被害を最小に収める負け方がいかに難しいかを教えてくれる。


好例としては英国がドイツの電撃戦で追い込まれたダンケルクから撤退した「ダンケルクの奇跡」が挙げられる。6万8000人以上の将兵が亡くなったが、35万人を救出し、次の戦闘に備えることができた。

一方でたとえば沖縄戦は、撤退戦の間に民間犠牲者の総数の50%近くが発生しているという。もしも早期に降伏していればこれだけの被害は防げた。

本書の語り口はプレーンで、淡々と撤退戦の意思決定や時系列の推移を追う。物語風に書いているわけではないので読みにくい面はあり、併載の地図と照らし合わせないと東西南北の位置関係も分かりにくい。逆に言えば、並べられた事実から読者が比較的自由に、教訓を読み解ける形式になっている。

被害の拡大する撤退戦は、往々にして意思決定が遅い。ダンケルクの奇跡は、現場でダンケルクから退避すべきとのアイデアを直接、英国中枢に提起した。対して沖縄戦は現場の判断でずるずると後退し、他の旧日本軍のガダルカナル島やインパール作戦の撤退戦では、そもそも撤退の判断が引き伸ばされ、結論がいつまでも出なかった。

朝鮮戦争でも、マッカーサーは途中まで攻勢派で被害が拡大したが、部下の話にようやく耳を傾けて一気に撤退論に転換した。「新しい戦争が起きている」という認識を持ったというが、これは正しい。撤退というのはそれ自体、新たな形式の戦争、新たな局面である。

つまり、被害を最小にして戦線を縮小するという新たなターゲットに集中しなければ、最悪の場合、味方の大部分を失ってしまう。

このことは、これからの日本のさまざまな場面で活かせそうだ。市場の悪化や、競争力低下といった経済状況下での企業の振る舞い。人生における挫折。撤退戦を認識したときは、「本気で負けにいかなければ、最悪の負け方になる」と認識したい。


つながる本

戸部良一さんら「失敗の本質」(中古文庫)に近いテーマ設定です。硬質な文体や、冷静な筆致も似ています。

近刊では、大木毅さん「日独伊三国同盟」(角川新書)も、敗戦に至る根本原因を考えさせられる本。史実を丹念に追うと教訓が導けることがよく分かります。こちらは物語要素が強い。

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