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”完璧な結婚”の定義を考えたことはある?

恋は落ちるんじゃなくって、来るんだと思うね。

バイト先の先輩ユリさんは、主人公レイにこう言う。

「勝手にくる。うわーっ、来た!ってこともあるし、気がついたらいたのねってこともある。だから、隣に彼がいても恋が去っていたらおしまい。逆に彼がいなくなっても、恋がここにいる限りは終わらない」

この文を読んで、私は昔読んだ詩を急に思い出した。
その詩もそんなことを謳っていた。恋が過ぎ去っても、その恋に吹かれたままで生きている人がいると。

主人公レイはブーに出会って、レイは猛烈な”恋の風”に吹かれた。そして気がついた時には、後戻りできないくらい“恋”はレイの隣に居着いてしまっていた。

始まりが来れば終わりが来る。この世の摂理。だけどレイは、ブーと本当に別れることができるのか考えると、そんなことが起こるなんて信じられないくらい愛していた。

“完璧な結婚”

これは、絵と、それを飾る額縁が、完全にマッチした状態のことを表現する言葉らしい。完璧な結婚。ある人はこんな風に解釈する。

お互いに、こういう人がいいっていうんじゃなくて、この人がいいって思えたら、それが完璧な組み合わせだと思いますよ。人ってみんな、一人しかないんだから。

人ってみんな一人しかいない。あなたにとって私。私にとってあなた。

この完璧なマッチングをみんな探している。しばしばそれを“本当の愛”とかいって。
だけど私は最近考える。私たち“愛”なんて漠然なものに期待したり、心を寄せすぎているだけなんじゃないかと。
愛だけじゃない。例えば“生きること”。例えば“自分”。例えば“幸せ”。

形を持たないあれこれに意味を持たせすぎては、右往左往に彷徨っている。

問いと答えを、だから逆さまにしたい。

“愛”を問うことをやめて、“愛”の問いの前に私たちがいるとしたら。“愛”に毎日、毎秒、終わることなく問われていて、私たちができるのは、命がある限りその問いに、正しく答えようとすることだけだったとしたら。

私たちはずっとずっとふたりだった。いろんなところに行って、いろんなものを見て。一緒に遊んだり一緒に仕事したり一緒に暮らしたりして。

レイはブーとの日々を振り返ってこう思う。
疑問など必要なかった、ふたりの日々そのものが、全ての答えだった、と。

“愛してる”の言葉がこの世に存在しなかったら、私たちはどうやってそれを表現するんだろう。“愛してる”なんて、口にすれば1秒もかからない。だけど私たちの寿命はそこそこ長いから。
キス?熱い抱擁?それともセックス?

私は、今のところブーと同意見。

Written by あかり
アラサー女


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