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「私らしい」を追いかけて

「好きな色、何色?」
小さい頃からよくされる問いかけ。

私はいつもすぐに、
「水色かな!」と答えていた。

夏生まれの私にとってぴったりの色。

この色の服を身に纏えば、必ず「似合うね」と言ってもらえる特別な色。

水色という色は、いつもわたしの心に自信を持たせてくれた。
これからもずっとずっと水色一途で生きていくんだと思っていた。


それなのに。


2年前からわたしは赤という色が素敵だと思い始めるようになった。

それまでのわたしは、「情熱の赤い薔薇」という表現があるように、
赤色はただひたすら強くて激しい色だって思っていたから、全く好きになることが出来なかった。

だけど、その強さや激しさに憧れを抱いたからだろうか。赤色が魅力的に見えてたまらなくなった。

本当なら、そこで赤色のものを身につければよかった。

だけど、そのときの私にはどうしてもそうすることができなかった。

**

8月終わり頃の休日、わたしは近くのショッピングモールの中を歩いていた。

大きな通路の脇に沢山のアパレル店が並んでいて、いつもはただ通り過ぎるだけであるが、その日わたしは何を思ったか鞄や財布を売る店にふらりと入った。

高そうなハンドバッグやビジネスバッグが並んでいる。
革製品の慣れない匂いが心地いい。

ふとわたしは店の隅にある財布売り場に目が行った。

そこには赤色、いや、単に赤色という言葉で片づけたくないほど繊細で綺麗な色の財布があった。

しばらくその財布を見つめていると、
店員がコツコツとヒールの音を鳴らしながら近づいてきた。

「そのお財布、新しく入ってきたものなんです。形が珍しくてすごく可愛いですよね。」

「はい、形もなんですけど、色がすごく可愛いなと思って。」

「そうですよね。ローズレッドっていうお色なんですけど‥‥。」

「ローズレッド。」

なんて素敵な響きなんだろう。目の前のお財布にぴったりの名前だった。

わたしはひとりで考えたい気分になり、店員に「もうちょっとだけ考えてみてもいいですか。」と告げた。

店員は「かしこまりました。」と言って、にこりと笑いながら立ち去った。

店員が離れた後も、私の中ではずっと「ローズレッド」という言葉が心の奥に溶け込んでいっていた。

**

その3日後、わたしはまたその店を訪れた。

値段を見ていなかったと思ったのもあるけれど、それよりも誰かに買われていないか不安だったから。

店に入った後、今度はまっすぐにその場所へ行くと、その財布は、3日前と同じように上品な雰囲気を醸し出しながらガラス台の上に座っていた。

財布を手に取って開き、カード入れの部分から白いカードを取り出す。

17000円。

予想の範囲内ではあったがそれでも高い。

どうしよう。今日も見るだけにしておこう。

だけど、もう少しだけここにいたい。


「そのお財布すごく素敵ですよね。」

3日前とは違う店員が現れた。

「そうですね。色がとても綺麗だなと思って。ちなみに、これ、あと何個在庫ありますか。全く同じもので。」

「少々お待ちください。」

店員がしゃがみ込み、ガラス台の下の引き出しを開けた。

「えーっと‥‥。このローズレッドのお色はそちらに出ている分だけになりますね。」

「そうなんですね。ありがとうございます。もう少しだけ考えてみます。」

**

その3日後、わたしはまたその店を訪れた。

自分でも分かっていた。多分結局わたしは、9月2日までにこの財布を買うんだろう。

再びまっすぐあの売り場へ向かうと、今度は1日目と同じ店員が現れた。

「あれ、前も来られましたよね。」

「あ、はい。やっぱりこの財布が気になって何度か来てるんです。」

「そうなんですね。すごく可愛いですもんね。」

「……あの、これ買います!ちょっとお金下ろしてくるので取っておいてもらってもいいですか。」

急な決断に店員が驚いていた。でもそれ以上に私だって驚いた。

気がついた時には「買います。」という言葉が出ていたのだ。

「あ、はい。大丈夫ですよ。」

わたしは店員がにこりと笑うのを確認した後、ATMの方へ走った。

その途中わたしは、なぜか目頭が熱くなるのを感じた。自分が欲しいものを買おうと決めただけなのに。


きっと、わたしらしくはないんだろうけど。

もしかしたら友達に「意外」って言われるのかもしれないけれど。

自分が本当に好きなものを買う。自分自身がが私らしいと思うものを身につける。

簡単なことなのに、すごく当たり前のことなのに、なぜか最近それが出来なくなっていた。

青系のものじゃなきゃ「街の子らしい」と思ってもらえない気がした。

昔は本当に好きで自分から歩み寄っていた水色も、今では水色に縛られている気がしていた。


ATMが見えた。

水色の財布からキャッシュカードを取り出し、いつもの何倍もの速さでお金を下ろした。

今度は早歩きで来た道を戻った。

そうだよ。自分らしさって自分で決めるんだよ。

「自分らしさ」が他人のイメージに縛られちゃ意味がないんだよ。


「おかえりなさいませ。」


**

9月2日の朝、わたしは前日にカードやお金を移しておいたその財布を鞄に入れた。

玄関の扉を開けるとまだまだ暑いはずなのに、その日はなんだか涼しく感じた。

これからはもっとわたしらしく生きていこう。

他でもない、わたしの思うわたしらしさで。

心の中でゆっくりとこう唱えた。

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