映画「マイノリティー・リポート」の感想

映画「マイノリティー・リポート」を再視聴しました。日本語に直すと「少数報告」ですか。発表された時、自分は高校生で友達から一緒に見に行かないかと誘われたのが懐かしいです。結局お互い部活で行けなかったのですが…。
設定は近未来、予防犯罪システムが確立した事により殺人が発生しなくなった世界を描いております。少しでも具体的な殺人を頭の中で考えようものなら警察がすっ飛んできて捕まえられてしまう恐ろしいバーチャル世界です。映画は、「信じること、疑うこと」がテーマの一つになっているものと思われます。
物語の進行中、様々な“疑わしい”人物が現れます。中でも分かり易い人物は、闇医者でしょう。主人公のジョン・アンダートンは元々予防犯罪システム側の人間だったのですが、ある知ってはいけない過去に触れてしまったばかりに、殺人を犯すよう仕向けられてしまいます。殺人という結果だけを拾うとされていたシステムは、過程抜きの、彼にとって非常に不都合な結果を予言する訳です。身に覚えのない彼は当然逃げ出すのですが…
という場面から物語が始まって、闇医者に辿り着きます。これは「光に達するには闇を潜らなければならない」というシステム考案者の助言があっての道中なんですが、この発言等を通じて、とても大きな政治性と宗教性をテーマに孕んでいるのではないかとも想起されます。
話はそれますが、男二人の主要人物における背景設定が絶妙と言えるでしょう。一人は勿論ジョンなんですが、もう一人は司法省の役人ではあるものの、ジョンにからかわれ半分で“神父”と呼ばれるくらい信仰心の厚い人物を持ってきています(僕はキリスト教に詳しくないので監督のスピルバーグが、真に“神父”を演出出来ているか正しくは評価出来ませんが…)。ジョンは、映画内にて「政治とは無縁の悲しい体験が彼の信念を支えている」と評される人物で、彼はノンポリだし信仰心も乏しいという設定なんですが、それぞれの信念をもとに、この二人がずば抜けて現実と関わり格闘しようとする様子を描いており、この点よく現実を捉えているのではと僕は評価したいと思います。
闇医者は劇中様々現れる“疑わしい”人物の一人に過ぎません。ジョンの眼球取替手術をするにあたってわざわざ騙し討ちの様な麻酔のやり方をやったり、「俺は昔お前(ジョン)に捕まってムショにぶち込まれた人間だ。それを覚えているか。あん時はありがとうな」と言わせてみたり、兎に角視聴者が「手術が正確に無事行われるだろうか?」と疑う様仕向けてきます。ただ、結果は何時も杞憂に終わるというシナリオになっていて、「実は皆んな意外と良い人なんだ」と言いたいんだろうなと思いました。冷蔵庫に食糧を準備したと言い、かつ進行上重要なプレゼントをジョンにもたらしたりもしてくれて本当に助かるのですが、以降、ジョンは腹が減ったが為に視えない目で一人冷蔵庫を漁るシーンへと続いていきます。それが少し面白い。
食べ物と飲み物はしっかり準備されているのですがそれと共に腐った物も入っていて、視えないものだから1/2の確率で腐った物を掴んで結果口に運んでしまう。ジョンはあの瞬間「クソったれあの医者騙しやがったな」と思ったろうとの思いが視聴者の頭をよぎる訳ですが、視聴者には冷蔵庫の中身が視えているので、「あの医者はウソを付いていない、ジョンの誤解だ」との心理も働く訳です。視聴者におけるこの一連の心理変化を監督は想定してこのシーンを作ったのだろうし、「現実の様々な事が案外誤解に過ぎないのではないか?」とのメッセージが込められているのだろうと思いました。
また、個人的に好きなシーンを紹介したいと思います。ジョンが追手から逃げて予言者と抱き合う様な格好でショッピングモールに迷い込む様が一番印象に残りました。
このシーンはやたらと眩しい情景のもと、背景にはとても穏やかでちょっとせつない音楽が流れています。それはさながら天国といった趣きで、二人が追手から逃がれる為、予言者は能力を駆使してズバンズバン数秒後の未来を先読みし、対策をジョンに指示します。ジョンは信じることがにわかには出来なくて、自分の信じる行動を取ろうとするのですが、まるで神のようにも思われる予言者が叫ぶようにジョンを制し、これが功を奏して一つ一つ事態を切り抜けて行きます。まるで神の領域に手を伸ばし、踏み込もうとしているかのような瞬間で、「信じること」が出来ないなら政治的な正解(このシーン正しくは逃亡の最適解を指しているに過ぎないのですが)には辿り着けない旨を暗示しているかのように感じました。
物語クライマックスにおける展開は、人間の意志によって運命は変わり得るみたいなありきたりな実存主義を表現しているとも言えるのですが、「無常」を表しているとも言えます。兎に角それまでが面白かったので良しとしたいと思います。
あっちは信じてこっちは信じないみたいな、足して2で割ったみたいなどっちつかずの宙ぶらりん映画みたいな評価をする事は確かに可能ですが、思想性をそもそも今の日本映画は織り込めているのかと考えると相対的に評価は上がらざるを得ないのではないでしょうか。

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