キャリアに関する自分語り②-高校生活で最終的に学んだこと
(前回からの続きです)
どうすればこの苦境を脱せるのか。
自分のゴールがクラス内で居場所を見付けることならば、例えば周りを笑わせるような、明るい人になればいける気がします。
ただ、陰キャが短期間で化けるのは無理がありますし、そんな簡単に人が笑ってくれるのであれば、お笑い芸人の方々は苦労しません。
結局、正攻法で、一生懸命勉強して成績を上げるしかない、という結論に至りました。
1. 悪戦苦闘した1年間
「成績を上げる」と口で言うのは簡単ですが、本当に大変でした。
勉強の記事ではなく、あくまでキャリアの記事なので、細かくは書きませんが、何をどう勉強すればよいかがわからないのです。
英語を例にとりましょう。
私の当時の悩みは、「短い文なら訳せるが、3,4行に跨るような文章だと、わからなくなる」という、英語初学者にありがちなものでした。
高校の先生に相談したところ、「英文法を勉強しなさい。辞書を一生懸命に引きなさい。教科書の予習を頑張るのです」というようなことを言われましたので、英文法の問題集を買ってきて取り組み、教科書でわからない単語は全て調べ、単語ノートにまとめるようにしましたが、手間がかかるだけで全然成績は伸びませんでした。
平日は2-3時間、土日は7-8時間は勉強しましたが、本当に笑えるほど変わりませんでした。
この方法が正しいとすると、教科書の単語の意味が全てわかり、英文法のルールを全て知っていれば、わからない英文は存在しないはずなのですが、その出来る感触が全くつかめませんでした。
今振り返ると、当時の自分にとって必要なのは、英文法のための英文法ではなくて、長文を読むための英文法、俗にいう「構文」の知識だったのですが、そんなことがわかるわけもなく。
これだけ必死に勉強しているのに、成績は上がらない。
かといって、何もしなければもっと悪くなる。
クラスに居場所がない。
八方ふさがりでした。
2. よく読んだ本
私が当時読んでいた漫画だと、主人公が苦境に陥ると、優しくかわいいヒロインがやってきて、「ドイル君ならきっと大丈夫だよ」などと優しく励ましてくれているのですが、私のヒロインは恥ずかしがりだったのか影も形も現れず、というか彼女以前に友達もいないという状況でしたので、何かしら寄りかかれるものを自分で探す必要がありました。
そんな中、愛読していたのがダイソーの「世界の名言名句」「日本の名言名句」(1冊100円、消費税除く)でした。
歴史上の偉人の名言と簡単な解説がついているだけのシンプルなものですが、本当に何度見返したかわかりません。
雄たけびを上げたいくらい強く思いました。
毎日毎日、寝る前に唱えながら寝ていました。
3. 霧が晴れる
悪戦苦闘を続けた1年後、2年生の秋でしたが、「あれ?」と思えるくらい、勉強が出来るようになりました。
具体的には成績が一気にクラス40位くらいの位置からから10位以内に上昇。卒業するころには学年で10位になりました。
スタートラインが学年310位でしたので、300人抜きしたことになります。
進学校ということもあり、「勉強が出来る」というのは周りからそれなりの評価を得ました。
私は周りを見下して(しかも見下していた相手のほうがはるかに上にいたというオチまでついた挙句に)クラスで居場所を無くした苦い経験がありました。
そのため、二度と同じようなことはしないと誓い、テストの成績等は一切周りに見せませんでした。
ただ、それでも日々の授業でのやり取り等で、ゆっくりと、ただ確実に周りへと伝わっていったようです。
私も、学年が変わり、クラスメイトが全員入れ替わったタイミングで、なんとか周りに馴染みたいと思って必死に周りに話しかけていたこともあり、段々クラスに馴染めるようになりました。
卒業するころには、ほぼクラスメイト全員と屈託なく話し、15人くらいで卒業旅行に行く(しかも男子5人、女子15人という超リア充旅)までに改善しました。
4. キャリアの観点から
後々のキャリアに繋がる意識は以下の2つです。
① 自分の欲求を認め、自分から仕掛けろ
当時の自分を振り返って、手放しでほめたいことが一つだけあります。
それは、自分の「周りの人から認めてもらいたい」という願望を素直に受け入れ、「そのためには自分が変わるしかない」と自責100%の結論に持っていったことです。
もし私が、「俺の価値がわからない奴らに認めてもらってもしょうがない」とか、「周りの奴らの見る目が無い」という結論に持っていき、何か状況が変わるのを待っていたら、その先には何もなかったと思います。
あの局面で負の連鎖を断ち切ったのは、自分を本当に褒めたいですし、必死に頑張っていた自分にコーヒーでも差し入れてあげたい気持ちになります。
世の中には、自分から仕掛けなくても、周りが与えてくれる環境にある人もいます。
うらやましいな、と思う時もありますが、残念ながら私はそういう人間ではない。
欲しいモノがあるなら、傷を恐れず、自分で槍を持って狩りにいかなきゃ駄目だ、というのは強い信念として残りました
② さりとて、報われるとは限らない
このエピソードを読んで、恐らく皆さんが抱いた感想は、「ああ、この人は努力は報われると言いたいのね」ではないでしょうか。
高校を卒業した直後の私も、実は同じような想いでいました。
しかし、この話の本質は「300人抜きした」ということより、「必死に勉強してなお、抜けなかった人が10人もいた」というところにあります。
私は、その10人のうちの一人と3年間ずっとクラスが同じでしたが、勉強が心底好きな子でした。
好きで取り組んでいる人に、「努力」では対抗出来ないのです。
その子は、文化祭やクラスの行事にも積極的に参加していましたが、現役であっさりと東大に合格していきました。
私は一浪してなお第一志望には届かず、進学したのは大阪大学法学部というところでした。
大阪大学は本当に良いところでしたし、進学が決まったときも嬉しかったですが、1年間の猶予を与えられてなお、その人は越えられなかったとも言えます。
この時は「勉強のやり方がわかってなかった。努力の無駄撃ちをした」と自分の中で整理をつけ、大学ではもっともっと頑張ろうと思っていました。
「報われるとは限らない」は、大学進学後、20代で幾度となく訪れた挫折を経て、ようやく理解できるようになった(というか、認めざるを得なかった)でした。
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