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「見ぬもの清し」の例文

知らない言葉に遭遇したとき、意味を調べて書き留めている。知っていたけど日常的に用いることがないために自分からは出てこない言葉も、同じくメモする。勉強のために。しかし、いっこうに身につかない。これは覚えようという言葉を見つけてメモを開くと既に書いてあるなんてことが度々ある。覚えるためには使わなければならない。「見ぬもの清し」を覚えるために使ってみる。

 毎日すると決めてから5日目、昨日に引き続き24時を超えてしまったが、「寝るまでは今日」の精神で挑戦は継続されていることとする。
 新しい公園ができてからというもの、広場の隅にある鉄棒で毎晩懸垂をしている。上腕二頭筋を痛めつけることに意味を見い出したのは早くも昨夜のこと。半袖の脇口から流れ込む冷たい風がちょっぴり和らいだ。もともと細身のシルエットが好きでSサイズがぴたっと来るのだが、袖の隙間が狭くなったのを感じたのだ。ほんの少しだが腕が太くなったのを実感した瞬間、半年ほど前に見た光景を思い出した。散歩の途中で見かけた光景。
 この公園を作るための工事で、土を掘り返していた。その過程で、大きくて太い木のような何かをショベルカーで殺していた。地中に埋まっていた太い根っこは、抵抗するように土を掴んでいたがやがて力尽きた。木にとっての腕は枝ではなく根なのだとそのとき思った。息絶えた木のような何かは、そのまま乱暴に切り刻まれ土とともに踏み固められた。ちょうどその上に、鉄棒は立っている。
 誰もあの木のような何かに思いを馳せることはない。見ぬもの清しで健康を目指して鉄棒を握っている。私だけが、自分の腕が太くなるごとにあの日の根を思い出して嫌な夢を見る。

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